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By KAMIKAMII
「静香ちゃんバイトする」
(うっ嘘でしょ〜〜っ!!?)
静香は目の前に広がる光景に、呆然と立ちつくした。
事のおこりは静香の兄の誕生日を、少し先にひかえた頃だった。
今、彼女の兄が欲しがっているのは、某ブランドのスニーカー。人気商品でプレミア価格がついて5万円もするらしい。だがカード集めに熱心で、1日4食は食べるほど腹の虫が元気なお年ごろとあれば、手許不如意はいかんともしがたく、指を加えて眺めるのが関の山らしい。
なのでそれを誕生日プレゼントに!と思ったものの、静香とて貯金もお小遣いもとぼしかった。静香は手術する前は目が悪かったためバイトなどした事がなかったのだが、手術後経過良好で、先日医者からの許可も出てはれてバイトできるようになった。(校則はこの際無視である。) それで友人にいいバイトはないかと相談すると、派遣のバイトなら短期契約更新で、時給もよく職種も選べると教えてくれた。願ったりかなったりだとさっそく派遣会社と契約すると、とあるお屋敷にメイドの欠員が出て、そちらに行ってくれないかとの事だった。その待遇を聞いて見ると、思った以上によく思わず2つ返事で引き受けてしまった。
それが大きな間違いだと気づいたのは、同じように雇われた他のバイト二人と、はじめてその屋敷に車で連れて行かれた時であった。
車から降りたとたん目の前に広がった光景は……数ヶ月前からつきあい始めた、「彼」の家だったのである。
(どっどどどどどどどどうしよう〜〜!!! なんで、どうして海馬くんのおうちなのよぅ〜!!! ああ私のばかばかばか)
今まで、静香は海馬の屋敷は外から見た事があるだけで、入った事はなかったので屋敷の中の誰にも知られていない、と思う。お抱えの運転手(ここらへんからすでに静香の常識の範囲を越えていた)とは面識があったが…。
静香たちは裏口から、屋敷内へ通されやたらと広々としたロッカールームへ案内された。屋敷の中は映画に出てくる豪華なセットのようであったがパニくってる静香はそれどころではなく、しかしバイト仲間の子らが興奮してひそひそとさえずっていた。
「すごい屋敷ね〜」
「ここって海馬コーポレーションの社長の家だって」
「あ、知ってる! まだ高校生の社長でしょ。テレビで見た事あるけどかっこよかったのよ」
「嘘っ!! どんな人かな〜、会ってみたいわぁ」
気持ちはとってもわかったが、冗談ではなかった。出来るものなら今すぐ回れ右して帰りたい!!と、握りこぶしの静香である。事故とはいえ、バイトで静香がここにいる事がばれたらいったいどんな目にあうか考えただけでも恐い。そうなのだ。海馬瀬人という人物はとてもとても…
その時、奥から女性が出てきた。年のころは静香の母と同じぐらいだろうか。このおばさんがメイドのチーフで、バイトたちの管理全てをまかされているという。これから静香たちは彼女の指示に従って働くらしい。
にこにこと愛想のよさげなちょっと恰幅のよいおばさんで、ちょっと安心した一同であったが次の一言に全員ぎょっとした。
「うちの若旦那は、気難しい人でね。気にいらなければすぐ追い出されちゃうから、気をひきしめて仕事して頂戴ね」
愛想よさげな感じにいたずらっぽく言ったそのセリフを、皆どれほど信じたかは知らない。だが、静香はそれが真実であろう事を悟っていた。
そして制服を渡され着替えさせられた。紺色のワンピースに白いフリルのついたエプロン、とお約束な感じだったがこれが思いのほかかわいかった。かわいいもの大好きな静香としたら、これが海馬邸でのアルバイトという事で心を占められていなければ、うきうきとくるり鏡の前で一回転していたであろう。それから屋敷の中を一通り案内され仕事の説明をうけたが、海馬兄弟とはちあわせしないかとドキドキものだった。幸運にも海馬やモクバに会うこともなく、ほっと胸をなでおろした。外出中なのか、部屋に入ってたまたま出てきてないだけなのかまでわからない。けれども気をぬけないのだけは確かであった。
(こっこれから一ヶ月、絶対見つかるわけにはいかないわ!!)
とは思うものの、こんな調子で一ヶ月もつのだろうかと不安たっぷりである。
さて、仕事の説明が終わり、それぞれ仕事の分担をされた。おもに掃除が仕事だったが、広い屋敷だけになかなかハードだ。不慣れながらもどうにかこうにか仕事が終わり、1日が過ぎた。疲れもありあと少しで仕事も終わり、と思って静香もぼ〜っと油断していたのであろう。廊下の曲がり角で人とぶつかってしまった。
「あっ、ごめんなさ…」
「え? 静香!?」
静香はその聞きなれた声に、思わず心臓がとまりそうになった。どんぐり眼をさらに驚きで大きくして、モクバが自分を見上げていたのだ。
「もっもっもっ、もく、モクバくん…っっ!!!」
「あれーーーっ!!! なんで静香がそんなかっこでうちにいるんだーっ!!? …むぐっっ!!」
大きな声を上げたモクバをの口を、静香は必死で手で押さえ小声で懇願した。
「だっだめっ。しーーーーーっ!!! お願い、静かにして。ね、お願い!!」
モクバは口を押さえられたまま、訳がわからないままだったがうんうんと頷いたので、解放された。
「ぷはっ。えーと……静香? なんで静香がこんなとこにいるんだ?」
今度はモクバも小声である。でも興味津々といったのが全身に現れている。
「えーと…、あの〜事故、かな? 派遣のバイトに登録したら、連れてこられたのがここだったの…」
「兄サマは知ってるのか?」
「ううん、知らないと思うよ。でね、お願いっ私の事は黙ってて!!」
このとうりにとばかりに、パン!とての平を合わせてお願いする静香に、モクバは首をかしげた。
「なんで? いいじゃん別に。兄サマ喜ぶと思うけど…」
「だっだめっ! バイトしてる事ばれたら、海馬くんにしかられちゃう。以前バイトしようかな〜っていったら『ぜったい駄目だ』って言われたんだもん。でも今回のは、お兄ちゃんの誕生日プレゼントを買うのに、どうしてもバイトしたいの。一ヶ月の間だけだから、お願い内緒にして。ね?」
いつもいつも海馬がデート費を負担しているのが心苦しくなった静香は、バイトしようと思うの、と海馬に言った事があった。だが断固として拒否された。海馬いわく
「つまらんことを気にする必要はない。だいたい、ただでさえゆっくり一緒にいる時間をさけないのに、バイトなんぞしたら時間の浪費だ」
………海馬らしいセリフといえばその通りなのだが、嬉しいようなそうでないような、複雑な気持ちでもあった。食い下がってもみたが、どうあっても首を縦にふらないどころか段々不機嫌にさえなってきたので、その時は断念せざるをえなかったから、今回のバイトも短期という事でこっそりする予定だったのだ。
と、それは1つ目の理由。2つ目の理由もあるけれど、モクバに言う必要もないだろう…というか、言いたくなかった。なんだか立場の違いを今さらながら実感させられるようで嫌だ、なんていう事は。海馬はそんな事をまったく気にしていないのはわかっているのだけれど。
「ふーん。よし、わかったぜい。兄サマにはだまっといてやる」
「ありがとっモクバくん!!」
「わっ、よせやい!」
嬉しさのあまりモクバに抱きついたら、モクバの頬が赤くなったのがかわいかった。
(海馬くんも、モクバくんの十分の一でも素直だったらよかったのになぁ)
と、ふと思ったが"それでもそんなところも好き"と思う自分もなんだかなぁ…と思う静香であった。
それからはとりあえずは海馬に見つからず平穏なバイトの日々が続き、二度ほどバイト中に海馬が帰宅した事があったが顔を合わせる事もなかった。一度はバレそうになって、偶然いあわせたモクバの機転で事無きを得た事はあったけれど。
静香のバイトは8時上がりなのだが、いつもそれ以降に仕事から帰ってくる海馬は、やっぱり会社の社長さんなんだなぁ…と実感してしまう。
それでもそんな忙しい時間の合間をぬって、静香との時間をさいてくれる海馬の気持ちが嬉しくて、でもそんな海馬に内緒で海馬の家でバイトしている、というのはなんとなく後ろめたい気分だった。
バイトをはじめて半月ほど過ぎて、順調に仕事も覚えこのまま無事にすごせそうな雰囲気だった。その日は書斎の窓ふきを命じられて大きな脚立とぞうきん&バケツをもって書斎に入ったのだが、その部屋の様子に驚いた。
「うわ…すご〜い!」
広い書斎の中は壁際がぎっしり本がつまった本棚で埋められており、本の匂いがたちこめていた。経済学や帝王学、その他もろもろの本が並んでいて、中には洋書も混じっている。机の上には書類らしきものが置かれていた。仕事部屋としても使われているのだろうか。
「こんなの読むんだ…すごいなぁ」
静香の読むものといったら、マンガや恋愛小説、ファッション雑誌といったところか。
(海馬くんってマンガとか読まないのかなぁ…)
と、疑問に思ったりもしたが、マンガを読む海馬というのも想像できない。ひとしきり感心した後で我に返って、掃除する窓に向かい合った。窓といってもテラスにでる扉がわりにもなっていて、静香の身長の1.5倍ほどある。脚立を広げて登り窓の上の方を拭くのだが、ぐらぐらと不安定で落ち着かない。一番上のところを拭こうとして手を伸ばした時だった。突然扉が開いた。おどろいて上半身だけ振り向くと-------------------------そこには、海馬が立っていた。
「かい、ば、くん…!!!」
(会社に行ってるんじゃなかったの!!)
静香は何か言おうと思うのだが、突然の事で何も言葉が浮かんでこない。一方の海馬も驚いた顔で静香を見つめていた。確かに海馬は会社に出かけていたのだが、大切な書類を忘れて急に取りに戻ったのだ。予定が狂った今日のスケジュールを頭で建て直しながら書斎の扉をあけたのだが………………突然の可憐なメイド姿の静香に、スケジュールなぞぶっ飛んだ。
「静香…おまえ、なんでここにいるんだ!?」
「えっ、あのっそのっ…きゃあっ!!!」
静香は慌てたため足下の注意が散漫になって、脚立を踏み外してしまった。落ちる!!!とぎゅっと目をつぶったが床には激突しなかった。寸前に走り寄ってきた海馬に抱きとめられたのだ。
「何をやってるんだ…気をつけろ」
「ごっごめんなさい」
静香の頭の中はパ二クってぐるぐるだったが、いわゆるお姫さまだっこのこの状態でいると、ますますバニクりそうだったので海馬の腕の中から離れようとしたのだが………海馬がはなしてくれなかった。
「あの…降ろして?」
だが海馬はそれには答えず、静香を抱き上げたままスタスタと歩き出した。
「海馬くん!?」
海馬はソファーの前まで行くと、ソファーに静香を腰かけさせた。とりあえずおろされてほっとしたのもつかの間、海馬が静香の両肩の背もたれ手をついて、静香の体を挟み込むような形で真剣な目で上からのぞき込んできたので、ドキンと心臓が跳ね上がった。思わず背もたれにズズズともたれ込む。
「さて。なぜうちに、そんな格好でいるのか話してもらおうか」
「…………」
ドキドキしながらどうしたものかと考えてみるが、海馬に目の先20cmでじーっと見つめられては、蛇ににらまれた蛙状態で思考回路が半停止状態。結局素直に答えるしかできなかった。
「…バイト…、なの。ここにいるのは偶然…」
「バイトだと?」
海馬の目が一瞬、キラリと光った気がして、静香は肩をすくませた。真剣な海馬の顔はかっこよくてとても好きなのだが、自分に向かって向けられていると迫力あって恐いのである。特にこんな時は。
「バイトはしない約束だったな?」
「わーんっ、ごめんなさい〜っ!! バイトするの海馬くんが嫌がるのわかってたけど、お兄ちゃんの誕生日プレゼント買いたかったの〜〜っっ!!」
だから短期でと思って派遣に登録したら、連れてこられたのがここだったの。肩を竦ませながら説明すると、海馬があきれた顔をして、次に吹き出した。
「……くっ、くっくっくっ、派遣、派遣ね」
そう言って、海馬はこらえきれないように笑いだした。とりあえず怒られなかったので安心したが、ここまで笑わなくてもいいじゃないの! と、静香は頬を膨らませた。
「どうせ馬鹿ですよ〜っだ!」
すねてぷいっと横を向いた静香の顎を、海馬は笑いながらくいっとつかんで自分の方を向かせた。
「本当に馬鹿なやつだな。俺にだまって悪い事をしようとするからだぞ?」
(目的のためなら手段を選ばない海馬くんに、言われたくないわ!!)
というセリフを、静香は呑み込んだ。なぜなら海馬は邪悪な笑みを浮かべて、自分を見下ろしているのである! 静香は嫌な予感がふつふつと沸いてきた。こんな顔をする時の海馬は、いつもろくでもない事を考えている。何せ海馬ときたら、静香を困らせて遊ぶこまったクセ(趣味?)があるのだ。もっとも本当に静香が嫌がるような事はしないけれど、小学生の「好きな子をいじめる」アレのようなものだろうか…。
「まあ…………うちで、バイトというのなら構わないがな」
「……いいの?」
警戒しつつ静香が問うと、邪悪な笑みをうかべたまま海馬はサラリと答えた。
「これからは帰ってきたら静香と会えるわけだろう? なら問題ない。非常に効率的だ」
そう言ってキスしようとしたので、静香は慌てて海馬の腕をかいくぐって逃げた。が、離れる寸前腕をつかまれる。そのまま海馬がソファーに座ったので、さっきとは逆の姿勢になった。
「逃げるな」
じたばたと静香ははなれようとするが、海馬は放そうとしない。
「だめっ!!! 今は仕事中だもん!! 公私混同反対っっ」
顔を真っ赤にして反論する静香がかわいくてたまらない。海馬は掴んでいた手をぐいっとひっぱったかと思うと、すばやく静香の腰の後で組んだ。引き寄せられたような形でバランスを崩した静香は、体を支えるために海馬の肩に両手をのせた。片ひざが海馬の足の間にひっかかるような格好になったので、静香はさらにうろたえた。
「俺が雇い主だろう? これも仕事のうちと言うことで…」
そしてまたキスしようと顔を近づけてきたので、静香は肩にのせた腕をつっぱって海馬から逃れようとする。
「なんかそれいやっ!! こんなの仕事じゃないもんっ!!」
どうあってもキスをさせてくれない強情な静香に海馬は組んでいた手を放したので、静香はパッと飛びすさる。
「期間はどれぐらいで契約してるんだ?」
「一ヶ月…あと、二週間ぐらいだけど……」
(半月も俺の目をかいくぐっていたという事か)
「無駄にしたな……」
「え?」
何やら不穏な気配をひしひしと感じて警戒する静香に、海馬はニヤリと笑って立ち上がって静香の前に立った。
「という事は、あと二週間は俺が"ご主人サマ"というわけだ?」
妖しい響きを宿した海馬の言葉に驚いて油断した静香に、海馬はすばやくかすめるようなキスをした。
「…っ!!!」
静香はパッと身を翻して、逃げるように入り口の扉に飛びついた。
「海馬くんのすけべっ!!」
舌をべーっと出してそう捨てぜりふを残すと、静香は勢いよく部屋から出ていった。
それを見送りながら、海馬はこれ以上楽しい事はないとばかりに、ニヤニヤとほほ笑んだ。
(これから二週間、楽しめそうだ。ククク…)
さてどうしてやろうかと、ろくでもない事を考えていると、静香がバタンとドアをあけて再び入ってきた。
「?」
不思議にながめている海馬に静香は目を合わせず、つかつかと窓に向かった。そして脚立に近寄り折り畳んで持ち上げ、ぞうきんとバケツを片手に足早にまた出ていった。扉がしまると、海馬はこらえきれず爆笑した。もちろん静香に聞こえるように。
その声を聞きながら、静香は心の中で絶叫した。
(わ〜〜〜んっっっ!!!! のこり二週間、無事にすごせるかしら〜〜っ!!! 絶対海馬くんに遊ばれそう〜っっ)
肩に担いだ脚立のズシリとした重さが、これからの苦労を暗示しているかのようであった……。
---------------その後二週間、海馬の帰宅が極めてはやくなったのは言うまでもない。
END
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