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FROM
SATOMI-sama
「幸せの在処<ありか>」
何故、僕は戦うのだろう。
誰のために?何のために?僕は、戦うのだろう……。
答えを見つけられないまま、僕は明日、戦線へ復帰する。
■ ■ ■
夕刻より降り出した雨は、強まるでもなく、弱まるでもなく、 今もただ淡々と降り続いていた。
雨の日は、忘れられないあの日を、一層鮮明に思い起こさせる。
ましてやここ――玉泉山金霞洞では。
「師匠……」
返事はない。…当たり前だ。
誰もいない洞府。
返るはずのない返事。
それでも、期待せずにはいられなかった。
「ああ、お帰り、楊ぜん」
温かく、懐かしい、あの声を。
師匠…僕は、どうしたいんだろう。どうすれば、いいのですか……?
■ ■ ■
洞府の門前から動けずに、どれほどの時がたったのか。
ぱしゃり。
突然聞こえた足音に、はっとして振り返ると、 そこには自分のよく見知った、一人の仙女の姿があった。
「公主……」
「風邪をひくぞ、楊ぜん」
そう言う彼女の長い黒髪も、雨に打たれて、つややかさと深さを増していた。
「…貴女こそ」
自嘲とも、自戒ともとれる複雑な面持ちで、ぎこちなく微笑むと、 楊ぜんは白い肩布で彼女を包んだ。
「中に、入りましょう」
■ ■ ■
洞府の中は、異様なほど静かで、雨の音だけが響いている。
静寂を破ったのは、ひどく真剣な竜吉の声。
唐突な、一言。
「幸せになろう、楊ぜん」
楊ぜんは両瞳を大きく見開いた。
交わる視線。
吸い込まれそうな紫の瞳。
深く静かに揺れる瞳は、何もかも、お見通しなのかもしれない……。
楊ぜんは、苦笑を漏らし、ほうっと息をついた。
――あぁ、かなわないな、このひとには――
”幸せになるための戦い”か…。なるほどね。
難しく、考えすぎたのかもしれない。
クスクスクスクス……。
訳もなくこみあげる笑いを必死になってかみ殺す。
「楊ぜん! 真面目に…」
非難の言葉は、それを向けようとした相手に抱きすくめられ、あえなく途切れた。
「ありがとうございます」
非難先の主は、笑いをおさめて、真剣に言った。
一呼吸。
抱きしめる腕を緩めると、楊ぜんは、紫の瞳を見据えて訊ねた。
「抱いても、いいですか?」
「なっ…!?」
”何故”?
愚問だ。そんなの、決まってる。
「貴女が、好きだから」
返事は首にまわされた細い腕と、それから――柔らかな唇の感触。
楊ぜんは、白い手袋を外すと、ゆっくりと彼女の襟元に手をかける。
あらわになったふくよかな胸元に唇を這わせると、竜吉の躰がこわばった。
楊ぜんはいったん唇を離すと
「大丈夫」
極上の蜜のように甘く優しく囁いた。
■ ■ ■
真夜中。雨の音が遠くに聴こえる。
隣で眠る彼女の寝顔を見つめながら、僕もまた、深い眠りにおちていく……。
■ ■ ■
翌朝は、快晴だった。
出発のとき。
これ以上、大切なひとを失わぬために。
幸せに、なるために。
もう、止まってはいられない。
「行くのか?」
「ええ」
竜吉の手を取ると、楊ぜんは、白い甲に祈るように口づけた。
「戻ってきます。ここに」
言って、柔らかく微笑む。
そう、僕の幸せはきっと……。
ふわりと彼女を抱き寄せる。
帰る場所は決まってるから……。だから。
「行ってきます」
僕は玉泉山を後にした。
- 終 -
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