FROM RIE-sama

「桜の花の咲く頃は」


麗らかな春の日―

ここ玉泉山名物の「一本桜」は、今年も相変わらず美しく、淡い桃色の花をたくさん咲かせていました。
ここの桜はとても特殊で−なんでも、3000年くらい前にここの主、玉鼎真人が品種改良して作り上げたという、他の無いような色の花びらを持った、それはそれは珍しい桜なのです。
桜は、いつもここに住む師弟を見守っていました。
まだ幼い楊ぜんがここに現れた時も
泣きじゃくる楊ぜんを、玉鼎が必死にあやしている時も。
そして、大きくなった楊ぜんと玉鼎が剣を合わせている時も。
いつでも、優しく見つめていました。

桜はこの二人が大好きでした。
人には言えない秘密を持った弟子を、懸命に愛する師匠と、

そんな師匠をひたむきに尊敬し、慕う弟子。
いや、それ以上に、二人の間には師弟以上の特別な何かがあったのです。
ココロの絆と言う物なのでしょうか。
とてもとても綺麗で、少し悲しい。
そんなところが大好きでした。

いつも春になって花が咲くと、
二人は決まって外で食事をしていました。
桜と玉鼎と楊ぜんと
三人・・・いや二人と一本の幸せな時間が流れていました。
でも、
今日は桜と楊ぜんしかいません。
あの優しい目をした師匠はどこのいるのでしょうか。

「・・・君はいつになっても綺麗だね。」
桜を見つめながら、でもなぜかその先を見ているような遠い目をしながら、楊ぜんが言いました。
ずいぶん大きくなったものだと、桜は感心していました。
ついこの間までは枝よりもずっと下に頭があって、その大きな蒼い目はいつも潤んでいたけれど、今では花のついた枝まで背が伸びて、蒼い目はその色を濃く、そして自分の意志を強く持ったものにと変わっていました。
美しく、成長したものです。

― 君だって、綺麗になったよ。
自分の声が楊ぜんに届かないのは分かっていましたが、それでも桜はそう応えました。
「花だって、毎年毎年変わらずに咲かせているし、本当に偉いよね。」
― そんなことないよ。だって当然だもの。そうするように、植えられたんだから。
玉鼎真人に、君のために咲くように、そう植えられたんだから。
「そうだね、毎年花が咲いて、僕と師匠がそれを眺めて・・・それが永遠に続くと思っていたのに。」
楊ぜんは遠い目をしたまま、おもむろに左手を額に当てました。
瞳よりも薄い色をした、緑がかった青の髪が、風に揺れて弧を描きました。
「永遠なんて、有り得ないんだね。どんなに願っても、もう元には戻らない。」
― 楊ぜん、楊ぜん、どうしたの?。なんで、そんなに悲しそうなの?。
桜は楊ぜんに向かって、たくさんの花びらを落としました。
髪の毛の色に映えて、それは桃色というよりは、白く見えました。
まるで雪。
春なのに、雪。
「・・・戻りたいよ。あの頃に。師匠と一緒に、君を眺めていたい。」
優しい優しい時間。
桜がもっとも愛していた時間。
でもそれはもう、楊ぜんの言う通り、永遠に戻らない。
楊ぜんは額の手をずらして、瞳にあてた。
何かを押さえるように。

― 楊ぜん、楊ぜん、お願い。
泣かないで。
可哀相な楊ぜん。

「・・・師匠・・・。」
鳴咽とともに、楊ぜんはそう言いました。

もう大きいのに、青年の姿なのに、震える肩は幼い子供のようでした。
小さな小さな楊ぜん。
泣かないで。

それから楊ぜんは帰っていきました。

何も言わずに。

桜は本当に悲しくなってしまいました。
あの師弟に何があったのか分かりません。
けれど、
もうあの優しい人は帰ってこないのです。
それは何となくそう思いました。

それから一日たって、
あの二人以外の別の人が、桜の前に現れました。
背の低い、少年のような男の人です。
「・・・ほほう。これが玉泉山自慢の『一本桜』か。確かに美しいのう。」
彼はそう言いました。
桜はちょっとだけ、嬉しくなりました。花びらがほんのり紅色に染まりました。
「・・・あの玉鼎が精根かけて育てた桜だけあるのう・・・。」
彼は、昨日の楊ぜんと同じように遠い目をしました。
その瞳を見て、桜はあることを思いました。
この人は、「同じ人」だ。
あの優しい人と「同じ人」。

この人なら、楊ぜんを助けてくれるかもしれない。
桜は、花びらを、とてもたくさん、彼に向かってふりかけました。
そして語り掛けました。
この声が、届かないと分かっていても。

― ねえねえ、ここでパーティでもやりませんか?。
精いっぱいの花を咲かせますから。
友達をたくさん呼んで、楽しく騒いで下さい。
そして、あの子を、楊ぜんを慰めてあげて下さい。
あなたになら、それができるはず。

彼は、少し黙って桜を見つめていました。
そして、やがて優しい笑いを浮かべました。
「・・・こんな綺麗な桜、一人占めするのは勿体無いのう。みんなにも見せてやるとするか。ここで茶会でも・・・。」

― エライっ。なんてあなたは偉い人なんだろう。

桜は喜びの声をあげる代わりに、彼に向かって更にたくさんの花を振り掛けました。

そして次の日。

「わーい、本当に綺麗な桜だねぇ。」
小さな子供がきゃっきゃっと笑いました。
昔の楊ぜんもこんな感じだったなあと、桜は面白く思いました。
「天祥!はやくこっちに座らないと、全部弁当食っちまうぞ。」
黒い髪の青年がにやにやしながら言いました。
「えー駄目だよぉっ!!。にーさまったら。」
「それにしても本当に綺麗な桜ですね、お師匠さまっ。」
「ふむ。」
元気そうな青年の声に応えて、昨日の彼がそう頷きました。
この人はお師匠さまなんでしょうか。
「桜にはやっぱ『いいちこ』の酒が一番だなっ。太公望どのも一杯どうだ?。」
「うむ。かたじけない。」

そうかそうか。
この人は太公望と言う人なのか。
初めて、「楊ぜん」と「玉鼎真人」以外の人の名前を、桜は知りました。
それから・・・・
黄 天化、天祥、飛虎、それに、武吉に、カバのスープー。
武王、旦、蝉玉、竜吉公主、太乙真人に、ナタク・・・・。
いろんな人がいました。
みんな楊ぜんの友達なのかな?。
だとしたら、すごい。

「ほらほらっ。楊ぜんくんも飲めっ!。」
「え・・・ぼっ、僕は下戸ですから・・。」
「わしの酒が飲めぬのかー!!。飲めぇ。」
「う、ごふふっ。」
あらあら、楊ぜんたら、お酒飲めないのに、あんなに飲まされてるよ。
「楊ぜんさん、ほら、これ見るさ。」
「ん?」
黒髪の青年が手にしていたのは、桜の花びらで造ったリースだった。
「これ、さっき天祥が造ったさ。あの犬の首にかけてやるときっと綺麗さね。」
「へえ・・・・。」
「綺麗でしょー?。てんしょーが碧雲のお姉さんと一緒に造ったんだよ!。
楊ぜん兄ちゃんにあげるよ。」
にこっと笑う天祥の顔を見て、 楊ぜんは少し目を開いて、それからにっこりと綺麗な微笑みを浮かべて言いました。
「ありがとう。大切にするよ。」
その表情に、桜はまたまた美しく花びらを落としました。
「本当に綺麗な桜だね、楊ぜんくん。」
そう、楊ぜんに話し掛けたのは・・・そう、この人は太乙真人。
このヒトには、何回か会ったことがありました。
太乙真人にそう言われ、楊ぜんは少し微笑ってから、頷きました。
「・・・ええ。」
「この桜には、きっと色々と思い出があるんだろうね。」
「・・・ええ。」
― そうだよ。
桜は楊ぜんの代わりにそう応えました。
― 素敵で、大切な思い出がいっぱいあるんだよ。
「じゃあ、これからもちゃんと、この時期には眺めに来てあげないとね。・・・その時は、私もナタクも一緒に来てもいいかな?。」
そう言ってから、太乙真人は苦笑しました。
あの子が花なんかしっかり鑑賞するとも思えないけどさ・・・・。
そう呟きました。
楊ぜんは、つられて苦笑してから、そして何かを想ったかのようにまた遠い目をして、それから目を閉じました。
「・・・ありがとうございます。太乙真人さま。」

やがて、陽が傾いてきました。

楽しかったお茶会(宴会?)も、もう終わりです。
にぎやかに騒いでいた人たちも、少しずつ少なくなっていって、そのうち、楊ぜんと太公望だけになりました。

闇がすぐそこまで迫っています。
空が血のように赤く染まって、桜の花がよりいっそう白く見えました。

楊ぜんと太公望は、それぞれ少し離れて座って、何も言わずに桜を眺めていました。
桜は一生懸命咲きました。
けれど、知っていました。
二人の瞳に映っているのは、桜の花びらではなくて、違うものなのだということを。

「・・・スース。」
ふいに、楊ぜんが話し掛けました。
太公望は振り向かないで、そのままの姿勢で応えました。
「んー?。」
「今日はありがとうございました。」
「なんのことだ?。」
とぼけるような感じで、太公望は言いました。
そのとぼけ具合がおかしかったらしく、楊ぜんは微笑いました。
そして、長い睫毛を頬につけるように、目を伏せました。
「いえ、別に・・・。」
「ふん、変なやつだのう。」

「すみません。」

― ありがとう ありがとう 太公望。

楊ぜんを慰めてくれて、ありがとう。

「のう、楊ぜん。」
「はい。」
二人はまだ、身体の向きを変えていませんでした。
でも、心は向かいあっているのでしょう。
桜はそう思いました。

「思い出とは、綺麗なものだのう。」
「・・・そうですね。」
「思い出は、桜と同じようなものかもしれないな。」
「桜と、ですか。」
「そう。」
太公望は頷きました。
「美しい。とても美しいが、どんどん重なって行くうちに、その美しさが変わって行くというか。」
「変わって行く・・・・。
「うむ。わしもどう言っていいかよく分からない。だが、一つ言えるのは・・・。」
「言えるのは?。」
「昔が美しいと思えるのは、今が美しくないからではなく、今も、昔の思い出によって美しいからなんだよ。」
「・・・・・。」
「・・・昔も綺麗だが、今のお主と、お主の現実も、同様に綺麗なものだ。玉鼎がお主に与えたのは、変わることのない美しさだよ。」
「・・・そうかもしれません・・・。」
「今のお主には、昔には無いものがたくさんある。大切なものの数は決まっていない。増えて行くのだよ。失われることなんて、何があってもないんだ。」
「・・・・・。」

― そうだよ、そうだよ、楊ぜん。
あの優しい人も、ずっと君の中で生きているんだ。
君が幸せに、しっかりと生きている間は
失われることなんてないんだよ。

「・・・わけの分からない話をしてしまったのう。」
太公望が、苦笑して、ちらりと楊ぜんを見ました。
楊ぜんはかぶりを振りました。
「いいえ。」
そして伏せていた目をゆっくりと開きました。
「ありがとうございました。」
「・・・うむ。」

太公望は腰を上げた。
そして楊ぜんの前に立った。
「また、みんなで桜を見に来よう。」

「はい。」

太公望は、優しく笑うと、ゆっくりと歩いて立ち去って行きました。

残されたのは、楊ぜんと桜。

楊ぜんは、桜をずっと見つめ続けていました。
桜も、静かに、その花びらを落とし続けました。

「・・・師匠。僕は、幸せなんですね。」
楊ぜんは穏やかな表情で言いました。
「貴方がいなくなっても、貴方の姿を見ることができるような気がします。」
あの、桜の影に。
昔と変わらない表情で、立っている姿を。
「まだ、はっきりとは見えないんです。すごく、悲しいから。・・・孤独な気がするから。」

― そんなことないよ。君は孤独じゃない。
さっきの人たちが、証明してくれたじゃないか。

「でもいつか、本当の自分を全てさらけだす勇気が出来たら、きっとここで、貴方に会えると思うんです。」
すごく時間がかかるだろうけど。
あの人たちが一緒にいてくれれば、かなうような気がする。

「貴方が育ててくれた時間の中で、僕はとてもいろんなものを貰えたと思うから。」

― そうだよ。
思い出は、美しい、寂しいものじゃなくて
暖かい、価値のあるものなんだよ。

「だから、また、来ます。みんなと一緒に。」


桜は、自分も、もっともっと美しくなろうと思いました。
楊ぜんに、負けないように。
過去に負けないように。

 

- 終 -

 

KAMIKAMII's COMMENT
りえさまより二作目の小説です。本当にありがとうございます〜(*^_^*) もう、もうっっまじ泣きしましたーっ!!!!!(T_T) 楊ぜんが嗚咽とともに涙を流すシーンで不覚にも一緒に泣いてしまいました(j_j) なんか桜の方に感情移入しちゃって、思わず一緒に楊ぜんなぐさめたくなっちゃって・・・。楊ぜんってプライド高いから絶対、玉鼎の事で人前では泣かないと思うんですよ。(封神直後のあのシーンはともかく・・・)その一生懸命たえている楊ぜんを、皆ではげましてて、その情景があったかくってとっても綺麗で。特に天祥くんの無邪気さの中に見える優しさにさらに涙。楊ぜんとの対比がなんともいえません。
・・・ああもうなんていったらいいのか・・・。もっといいたい事あるはずなのに上手く言葉にできません。すばらしい小説を、ありがとうございました!! 
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