FROM KOHAKU-sama

「おつかい」

(ふむ……)
城下町を見廻りながら、殷の太師聞仲はその、今だ衰えぬ活気に安堵する。
新たな課税の政策を行ったばかりで、少々心配しながらの調査だったのだが。
朝歌の中でも、一番にぎやかな通りであることを抜きにしても、これならまだ殷も……
(……?あれは)
軽い足音をたてて石畳の道を走っていく、小さな影に気づき、足を止めた。
並ぶ露店の主たちや、道行く人々に声をかけられ、元気に手を振り返している子供。色素の薄い髪が、弾む足取りに合わせて跳ねる。
(あれは確か、)
鎮国武成王、黄飛虎の末息子、黄天祥。

 

 

 

母親に、お使いでも頼まれたのだろうか。使用人なら掃いて捨てるほどいるだろうに、わざわざ末っ子を使いに出すとは、黄家らしい教育方針である。……が、この町も、治安のいい通りばかりではない。見る限り荷物は何も持っていないようだから、今から買い物に行く所なのだろう。用事を済ませて、帰る頃には暗くなっているのではあるまいか。
あんな幼い子供一人、大丈夫なのだろうか。
(……余計な心配か)
柄でもない。
聞仲は自嘲して首を振った。
子供と言っても、あの黄飛虎の息子なのだ。何かあろうはずもない。

(……とわかっているのに何故私は)
あの少年の行く道を、たどるように巡回コースを変更したりしているのだろうか。
聞仲は人知れずため息をついた。

 

「おや天祥ちゃんお使いかい?」
「うんっ。えーと、桃をね、九つ!ください」
「はいよ。今袋に入れるからね」

「武成王さまんとこの坊ちゃんですか?こりゃあおまけしないわけにはいきませんねえ」
「わーいっありがと!」

「いらっしゃい坊や。お使い偉いねぇ。何にしましょうか?」
「干しあわびを四袋と、お茶の葉っぱ。緑色の缶のやつ、ください」

「しいたけと…あとは小豆と芋を一袋、お屋敷まで届ければいいんですね?はい、これは注文の控えですよ」「よろしくねっ」

 

……若さゆえか。
天祥の荷物は増えていくが、足取りは軽いままだ。
いや、無論子供に抱えられる程度の荷物、聞仲にとっては運ぶこと自体は苦にもならないだろうが、……それ以前に精神的な疲労というものが。これだけの人間と接して、いちいち挨拶を返し笑顔を崩さず、いるということが。
さりげなく彼の後を追いながら、聞仲は密かに感心する。
……とにかく、とんでもなく、尊敬に値するほどに、元気だ。
その健全さは、父親である黄飛虎にも通ずるものがあるが。

 

(!)
角を曲がった天祥を、見失うまいとほんのわずか、足を速めかけたとき。
自分と同じように、すいと方向転換した二人がいる。
……人相の悪い、まだ若い男達だ。身のこなしは素人だが、おそらく目的は……。
聞仲は眉をひそめ、天祥と男達の後を追った。
「!天祥!」
角を曲がる前、女性のものらしき悲鳴が聞こえ、遅かったかと聞仲は思わずその名を呼んだ……が、

「あーびっくりした……あれ?確かお父さんの友達の、……えーとそうだ聞仲おじさん!」

そこには唖然としている見物人たちと、平然とした天祥と……それから、二人の男が目を回して地面に転がっていた。
察するに、天祥を誘拐するつもりでいた二人組は、逆に反撃されてあえなく撃沈してしまったらしい。
血は争えない、と言うべきか。
天祥は何もなかったかのような笑顔を向けてくる。

「こんにちは!……あ、お仕事中?もしかして声かけちゃダメだったとか、」
「…いや。たまたま通りがかっただけだ」
そんなわけはないが。
そもそも、聞仲の方から先に声をかけてしまったのだから今更お忍びも何もない。
「そっかぁ♪」
天祥は、それでもあっさり納得してくれたようだ。
「ぼく、母さまに頼まれて買い物に来てるんだ!ここのお店のあんまんってすごくおいしいんだよ。これで頼まれたものは全部なんだ」
指差した先には、こぎれいな中華まんの店。
「おじさんは?」
無邪気に尋ねられ、聞仲は返答につまった。
城へ帰るところだった、と言いかけるが、彼の住居は反対反対方向だ。
「そ、……そこの茶店で、少し休んで行こうかと思ってな。用が済んだなら一緒にどうだ?」
「いいの!?わーいっ」
聞仲は安堵と諦めの入り混じったため息を、天祥に気づかれないように漏らす。
―――その様子を、物陰から伺っている者がいた。
が、聞仲が振り向くと、その人影はすっと気配ごと姿を隠した。

 

「おいしかったごちそうさま♪」
「……そうか」
綺麗にからになった胡麻団子と揚げ菓子の皿を前に、天祥は上機嫌である。
さすがは黄飛虎の息子、食べっぷりも素晴らしい。
天祥は惜しみなく笑顔を振り撒きながら、活き活きと大家族での生活の様子や父の近況を語ってくれた。
自分がどれほど父を尊敬しているか、母や兄や叔父達のことをどれほど大好きか。
あるいは、近所に住みついている野良犬のことまで……罪のない話題に、自分の育ててきた歴代の殷の王達の幼年時代のことを思い出す。
知らず、口元がほころんだ。
「それでね、この間なんか、天禄兄さまが……、あ、聞仲おじさん、お仕事はいいの?もうそろそろ帰った方がいい?」
「いや。話してくれ」
食後にと出された茉莉花茶用の茶碗を、天祥が袖をひっかけない位置に置いてやりながら、話の続きを促す。

……先程から、しきりと背後から感じる視線が、気になっていた。
(この子を狙う賊か……?)
武成王の末子とあれば、狙われる理由としては十二分にある。
つい先だって幼い子供にしては随分な力量を目の当たりにしたばかりだが、それでも所詮子供は子供。充分な訓練を受けた後ならまだしも、…それなりに腕のたつ者ども相手では、まだ歯が立たないだろう。
少し様子を見て、家まで送っていくべきか……。

「……?」
静かである。
考えごとをしていた聞仲がふと気がついて向かいの席を見れば、いつのまにやら天祥は眠り込んでいるらしかった。
「………」
予期していなかった事態である。元より送っていくつもりだったのだから、その点では不都合などないのだが、
……見ればぐっすりと眠っている様子。いつ起きるのか、見当もつかない。
しばらく待ってみよう、と聞仲は思った。
通りがかった店員に、ひそめた声で茶の追加を頼んでおき、
ひたすら。
10分。
20分。
………。
半刻も過ぎたころ、ようやく腰を浮かし、そうっと覗き込んでみる。
「……天祥。実はだな、」
起こすつもりでいるのに、何故か声を弱めてしまう。
「もうそろそろ……」
言いかけた時、くっ、と肩から体全体を覆う衣装の片端を、何かに引かれた。
見ると、天祥の手が布のはしをつかんでいる。
「……天祥?」
返事はない。
事態はより悪化しただけである、ようだった。
「………」
どうしたものか。
もとより無表情であるため、はたから見ればそうは見えないだろうが、聞仲は困っていた。
今まで相手にしてきた反乱分子の、どの軍勢に対するよりも。
……こういう場合、一体どうしたら……。

とりあえず、説得(?)を試みる。
「天祥。もう空も暗くなり始めている」
当然、返事はない。
「屋敷の者たちが心配しているぞ。父母、兄たちも」
以前として返事はない。
「私としてもだな……いや、なかなかに忙しい身で、こうしている間にも……」
返ってくるのは寝息だけである。
「だからその………」
いい加減にあきらめればいいものを、生真面目な性格ゆえか。眠る子供に向かって、大真面目な顔で話しかけている姿は、結構不気味である。
「天……」
途方に暮れかけた時、
……また視線と気配を…今度は先程より近くに感じ、聞仲は口をつぐんだ。
この気配。
強い。
敵意は感じられないが…

「ぷっ……く、くくっ……」
「―――!」

噛み殺した笑い声に、思い切り聞き覚えがあった。
振り向くと、

「――飛虎……っ」
「お、…大声出すなよ、…天祥が起きる…くっくくく……」

――― 正真正銘天祥の父親である、武成王黄飛虎が立っていた。
しかも、腹を抱えて、笑い出したいのをこらえている。

「……ぶ、聞仲が子守り……くっく、あーたまんねぇ…」
「……。飛虎。天祥が起きるから静かにするのではなかったのか」
目の前で子供が眠っているため、名を怒鳴りつけるのは自重したが。
いるならいるで出て来いさっさと!!
「……いつから見ていた?おまえがいると知っていれば私も、」
言いかけて、
気がついた。
「……もしかすると、おまえは最初から…心配でずっとつけてきていたのか?」
「……ま、まぁ…な」
………。
その過保護な親に、他人を笑う権利があるものか?
聞仲のすぅと細めた目に、飛虎は照れ隠しのつもりか、あさっての方を向いて頭をかいた。
まったく。

「……子供にはかなわんな」
殷の誇る二人の勇士が、そろいもそろって、だ。
聞仲の一言に、飛虎も笑ってうなずいた。
「だな」
天祥はまだ、目を覚ます気配はない。

本人の自覚のないままに、はじめてのおつかいは無事終了した模様である。

 

おまけ

「まあ、それでわざわざ?」
評判の美女である黄飛虎の夫人は、戸口に立つ夫――背に眠る末息子を負っている――とその旧友を出迎え、くすりと笑った。
悪戯を成功させた幼子のような笑顔で、黄飛虎は「そういうわけなんだ」と肩ごしに息子を眺めやる。
憮然とした表情の(おそらく他にどういった顔をすればいいのかを決めかねたのだろう)聞仲は、「私はこれで失礼するつもりなのだが」と、言いかけて口ごもった。買氏はまた、口元に手をあてて笑う。
「どうぞ、ゆっくりしてらしてくださいませ。…執務で、聞太師もいつもお忙しくていらっしゃるのでしょう?こんな機会滅多とありませんわ」
「………」
それ以外道はなさそうだと、聞仲はあきらめに似た感情を覚える。
「……では、お言葉に甘えさせて頂こう……」

父親の背で眠る天祥は、いまだしっかりと、聞仲の外套のすそをその右手に握り込んでいた。

 

- 終 -

KAMIKAMII's COMMENT

琥珀さまより頂いた、天祥くんと聞仲さまのほのぼのコメディ小説です!! すでに閉鎖されてしまった「龍好桃点心」の天祥くん部屋の企画(?)にリクエストさせていただいて、書いていただけた珠玉のお話です。私の封神すきすきランキング、ベスト1〜4の全員が出てるんですようっ!!!

……琥珀さん、あなたはしらない。私がこの小説を読んで、どんな状態になったかを。どえらい事になりました。あーんっvvv 喜びころこんでそれはもう!! 蜂の巣をつついたがのごとくっ(なんか例えおかしいんじゃ…)

きゃーーーーーーーーっ!!!! うわーっうわーっ天祥くんかわいいっ!!!! もうたまんないです。ぐふーっ(*@_@*) 元気で素直でかわゆくて!!! もう私の天祥くん像そのまんまっ!!! おつかいえらいぞぅっ!! かみかが店の人間だったら、買っていくものよりおまけの方が多い事間違いなし!! そんでもって一緒にはこんじゃうのだ!!(爆) しかも聞仲さまにむかっていうセリフが「聞仲おじさん」!!! そっそうよね〜たしかにおじさんだわぁ(実際年齢からいうとおじいちゃんだけど) いいな〜いいな〜聞仲さま。天祥くんとお茶してるよ!! ああでも聞仲さまもかわいい(#^.^#) くそまじめなところが、さらにもう笑いをそそりまっするvvv きゃーんっvvvvvv 親バカな飛虎もかわいいですっ!!!(大の男二人つかまえて、かわいいって表現まちがってるかしら〜でもかわいいし!!!) ああ賈氏さんいいなぁ。あんないい男が旦那で、あんなかわゆい子が息子なんて〜(^_^)

琥珀さまっっっ!!! 本当にっ本当にっありがとうございましたっ!!! もう何回も何回も、読んでます!! でもまだ読む!! (笑) 読むたび幸せ!! ああっかみかは最高にハッピーです!!!(>_<)☆

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