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KAGEROU-sama
「ハツコイ」
「こんにちはーっ!トウ蝉玉来ましたーっ!」
蝉玉は勢い良く道場の門を開けた。・・・・というか最初から門は開いていて、その中に入ったというのが正しい表現である。
「あれ?賈氏さん居ないなぁー・・・・」
広い庭を見渡して、蝉玉は息を吐いた。
剣術道場として名高い黄道場。蝉玉はそこに通う者としては珍しい、女子高生であった。ブレザーにチェックのミニスカート、タイ、そして鞄と包まれた竹刀、道着。彼女が学校帰りである事が伺える。
「賈氏さーん!居ないんですかぁーっ!!?」
蝉玉は近所迷惑な大声で呼びかけた。
いつもなら蝉玉が現れる頃には、師範・黄飛虎の妻、賈氏が庭を掃除したり、黄家末っ子の天祥の話を聞いていたりと、蝉玉の視界に入ってくるものだが、今日はそうでなかった。
(珍しい、賈氏さんが居ないんだ)
まぁいいや、と蝉玉は、数年間通い続けて勝手知ったる道場に上がった。
道場の中は整然としていた。きれいに掃除された床、何度も使われてきた形跡を残す竹刀や木刀が壁に掛けられている。
蝉玉は靴を丁寧に揃えると、更衣室へと入った。
自分の為に空けられたロッカーに鞄を放り込んだ。竹刀は壁に立てかけ、道着に着替え始める。
さすがに何年もやっていれば手際もいい。蝉玉はさっさと安い袴に着替えると、まだ付けるべきでない防具を袋に詰めて肩に掛け、竹刀を持って道場へ出た。
と、いつ来たのか、そこには先客が居た。
彼は更衣室、即ち蝉玉に背を向けて立っていた。スッと背筋を伸ばし、乱れる事の無い呼吸で集中を高める。剣に限らず全ての武道に通じる『基礎』、彼にとっては準備運動だ。ショートカットというには長めの黒髪と、道場に立つ時に必ずするハチマキ。そして高い身長。
蝉玉には、誰だかすぐ分かる。
「サボり屋」
彼の『準備運動』を妨げるように、蝉玉はわざと意地悪く大声で言った。
彼が髪を揺らして振り返る。
「学校来なかったくせに、道場には出るんだから」
蝉玉は防具と竹刀を道場の隅に置き、明るいオレンジの髪を束ねながら、横目で彼を見た。
「・・・・病欠だって、ちゃんと担任に連絡したさ」
黄天化は言いがかりだと言いたそうに言った。
「学校は休んでも稽古は休まないって?」
「一日でもやらないとなまるさ」
「勉強の方も、そのくらい力入れてやったら?アンタ学年順位、60位切った事ないじゃない」
「あーたも30位切った事ないさ」
「うるさい」
蝉玉は髪をすっかり束ねて言った。
黄天化。道場師範の四人居る子供の次男。兄弟の中では一番剣に長けているであろう、道場にも一番マメに足を運ぶ。
蝉玉とは同門であると同時に、同級生であった。幼い頃から剣も交えあってきた、いわゆる『腐れ縁の悪友』同士といったところが『客観的』な関係である。
「ねぇ、賈氏さんどうしたの?見えないけど」
「今日は天祥の参観日さ」
「師範は?」
「一緒に行っちまった。すぐ戻ってくると思うけどよ」
蝉玉は一回言葉を切った。
「病欠って言ってたけど」
「それが何さ?」
「どう具合が悪いわけ?」
「・・・・・・」
天化は遠い目をして口を噤んだ。こめかみに一筋の冷や汗。
「アンタ・・・・ホントに顔に出るわね〜っ」
蝉玉は天化にデコピンをくらわせて言った。
「いだっ・・・・!何するさ!」
「言っとくけど、あたしこれでも風紀委員なんだからねっ!サボりは見逃せないわよ!?」
「サボりじゃないさ!」
こういうところはまだ子供。天化はムキになって反論する。
「じゃあ何よ!稽古は出来て学校には来れないわけ!?そりゃあ都合のいい病気ね!」
「そんなんじゃないさ!そもそも、あーたには関係ないさ!?」
・・・・また始まった。
蝉玉は『気になる事は訊けば良い』タイプ。天化は『言いたくない事は言わなくて良し』タイプ。この二人の感性がバッチリズレた時、この言い合いに発展する。
「うっわ!ひっどー!普通女の子に向かって、そういう事サラッと言う!?」
「あーたがしつこいからさ!俺っちがどういう理由で学校休もうと道場に出てこようと俺っちの勝手さ!?」
何よと蝉玉が言い返そうとした時。
「天化兄さん!?」
聞き覚えのある声がした。天化に似た、まだ少し幼さ残る少年の声。
「あ・・・・」
「天爵君」
道場の入り口に、黄天爵が立っていた。蝉玉は「こんにちは」と挨拶をし、天化は「よ、よぅ・・・・」と引き攣った顔をした。
天爵は天化の弟、黄飛虎の三男坊で、蝉玉の記憶が正しければ彼はまだ中学生の筈だ。天化を良く慕っているが、兄に比べて神経質で真面目なA型タイプである。
天爵は何故か呆然と蝉玉に会釈をした後、天化に向かってキッとした目つきになった。天化がうっと引く。天爵はツカツカと天化に近付き、手にした竹刀をビシッと突きつけて言った。
「父さんとの約束、忘れたの?」
ある意味、黄師範の親友・聞仲より怖い。
「わ、忘れちゃいないさ・・・・勿論」
「じゃあ帰りなよ。父さんが帰ってくるよ」
「お、親父はまだ大丈夫さ。今日は四時過ぎないと帰ってこな・・・・」
「帰りなよ?」
「・・・・はい」
触らぬ神に祟りなし、とでも言わんばかりに、天化は小さくなって、天爵を横目で見ながら道場を出た。
蝉玉にはサッパリ意味がわからない。
「何、あいつどうかしたの?」
天爵に訊ねると、彼は「いや・・・・」と言葉を濁した。
「何!?天化も天爵君も!ハッキリ言ったらいいじゃない!」
「そぅ・・・・ですけどね」
天爵は遠い目をしながら言った。何か言いにくい事がある時の天化の癖とそっくりだ。
「天化兄さんは今ちょっと・・・・うん、そうだな。男同士だけの秘密を抱えているというか・・・・なんです、ハイ」
「????」
クエスチョンマークを飛ばしまくる蝉玉。
「さて僕も着替えなければ」と天爵は一礼して道場を足早に出て行った。
「何よ〜ッ。後味悪いわねぇ」
蝉玉は苛立たしげに溜め息を吐くと、鍛錬に心を向き直させた。
私立封神学園。
本日、雲行き怪しかりけり。
というのは、二年生のある一つの教室だけであったが。
「はぁ!?アンタそれ正気で言ってんの!?」
「俺っちはずっと正気さ!あーたの方が大丈夫さ!?」
また始まってる・・・・。
天化と蝉玉の、ハタから見ればとことん素直でない『痴話喧嘩』、本人達は大真面目である『論争』が繰り広げられていた。
「・・・・こりゃどういう事態だい?」
同じクラスで遅刻常連魔の姫発が、野次馬の太公望に訊いた。
「天化と蝉玉が、気が付いたら言い争っておったのだ」
「僕には察しがついています」
「ぉわっ!」
いきなり楊ぜんが現れた。
「楊ぜん!お前何処から!」
「嫌ですね武王、人を湧いて出たみたいに」
(「湧いて出たじゃん・・・・」ぼそっ)
「楊ぜん、察しが付いておるとは?」
太公望が先に進める。
「はい。彼らの言葉の断片から話を埋めていくに・・・・」
(ここからは楊ぜん談)
彼らは、どうやら天化君の父上の道場の話をしていたようです。そして蝉玉君が何か尋ねまして、天化君がそれに応じなかったようですね。
「・・・・いつもの事ではないか」
「まぁ、先を聞いて下さい」
いつもなら、まず蝉玉君がプッツリいって声を荒げ、それにノセられるように天化君も喧嘩腰になるのですが、今度は粘ったんです。蝉玉君が色々言葉を駆使して天化君に答えを言わせようとしていたのですが、天化君も粘る。そのやり取りがかれこれ二十分以上続いたそうです。
「二十分!?あいつらいつから居たんだよ、教室に・・・・」
(発っちゃん、君が遅すぎるのよ・・・・)
そして遂に、天化君からキレました。
「・・・・楊ぜん」
「はい?何です師叔」
「おぬし、肝っ心な部分が抜けておるではないか!あの二人はなーにーを理由に言い争っておるのだ!その蝉玉の質問とやらはわからぬのかっ!」
「お任せを。だいたい予想出来てます」
「マジかよ!?」
「はい」
詳しくは分かりませんが、どうやら先日の天化君の欠席に関してのようですね。何やら天化君は欠席理由を言いたくないらしくて・・・・。それを蝉玉君が問い詰めているようです。
「成程、謎は解けた」
「って、何がだよ」
姫発のツッコミ。
「要するに、天化がミョーな意地を張っておるのだっ!」
「・・・・・・」
「師叔・・・・それって・・・・」
頭は悪くない(筈!)なのにボケボケの三人をよそに、天化と蝉玉の言い合いは遂に終盤を迎えた。
「だいたい、あーた何でそこまで俺っちにこだわるさ!」
「アンタになんかこだわってないわよ!ただ日常の素朴な疑問をぶつけただけでしょ!」
「それがしつこいって言ってるさ!」
「アンタがハッキリしないからじゃない!」
「あーたの知った事じゃないさ!」
「えーえ、そうでしょうとも!」
「じゃあ俺っちに構うなよ!あーたハッキリ言ってお節介さ!」
・・・・・・言っちまいました、天化君。
蝉玉は一瞬無表情になった。そしてそのまま冷たく、
「・・・・そ。そうでしょうよ。どーせあたしはお節介でしつこくて口うるさい嫌な女よ!天化なんか・・・・もう知らないっ、勝手にやってれば!?」
と言い放ち、天化の横を素通りして足早に教室を出て行った。
天化は「何さ!」と不貞腐れ、他の者は蝉玉の態度が変わった理由に気が付かない天化に、類稀なる鈍感さを感じながら、何か言う事も見つからなくて黙っていた。長い沈黙。
「・・・・蝉玉の奴、風紀委員のクセに授業をサボる気かのう・・・・?」
沈黙に耐え切れなくなった太公望が漏らした言葉も、場の空気を変える事にはならなかった。
「お〜い、風紀委員」
屋上のフェンスに向かう蝉玉の後ろから、姫発は声を掛けた。
「二時間もサボっていいのかよ?もう昼時だぜ」
「うっさい。遅刻魔が偉そうに言ってんじゃないわよ」
「・・・・」
蝉玉はかなり不機嫌のようである。姫発は舌を出してツカツカと蝉玉に近付いた。
「成程、お姫様はご立腹の様子で」
「からかってんの?ほっといてよ」
「素直でないね〜」
蝉玉は横目で姫発を睨んだ。
姫発の父・姫昌は黄師範と知り合いで、その縁から天化と姫発は幼馴染み同士であり、幼い頃は蝉玉とも何度か遊んだ事がある。同級生でもあるし、今でも良い友好が続いている。
「王子様は不器用だな」
「他人事だと思って」
「俺は真面目だ!」
蝉玉は溜め息を吐いた。
「しっかしアイツはな〜・・・・高二にもなって色恋沙汰の一つも無いとは・・・・」
「落ち込む話しないでよ」
蝉玉はまた溜め息を吐いた。
自分が天化に対して『ライバル』やら『腐れ縁』という認識を変えたのは、そう最近の事ではない。とはいえ、昔と言えるほど前でもない。が、正確な時はうろ覚えだ。
近すぎて気付かない、と言うのは、幼馴染みという関係にありがちなものだ。そして気が付けば、もう戻れはしない。
ハッキリ言って、天化は鈍感だ。事色恋方面に関しては人の二倍ほど鈍い。
逆に、姫発は見かけによらず他人事には敏感である。まして色恋沙汰といえば、本人曰く『専門分野』だそうだ。蝉玉の天化に対する気持ちの変化にも、本人より遥かに早く気付き理解してくれている。
天化は『悪友』なんて位置より、多分もっと特別だ。そしてかつて天化が居たその位置に、今は姫発が居る。姫発には天化も心の中を打ち明けるだろうし、何かに言って姫発は気遣いが下手ではない。今では相談相手ともなる、蝉玉の(そして天化の)良き友人である。
「とことん性根から剣術バカなんだよ、天化は」
「そんなの分かってる」
今更再認識なんてしたくない。
天化は女に興味が無い。姫発が合コンの為に校内中の『イイ男(勿論楊ぜんを含む)』を召集した時も、天化は全く気に掛けなかった。というより、気に掛ける事も出来ないのだ。彼の中には、常に剣の『上』を目指すという心意気しかないようにも見える。一生独身で剣を通しそうな、暑苦しいほどの熱血剣道野郎。
そんな天化を理解すればする程、彼が自分を想ってくれる可能性が低くて、蝉玉は自分で自分が居た堪れなかった。
姫発もそんな心境を理解していればこそ、蝉玉をみすみす放っておかなかったのであるが。
「分かってるわよ・・・・」
蝉玉はもう一度呟いた。姫発はフゥ、と小さく息を吐いてから言った。
「さっきの喧嘩、お前から吹っ掛けたんだって?」
「キレたのは天化が先よ」
「でも、元はお前が何か天化に訊いたからだろ?」
「・・・・そうよ」
「何をそんなに知りたがってんだよ」
蝉玉は答えなかった。姫発も追求はしなかった。
昼時の風が、二人の間を掠める。
「あのさぁ、こないだ天化が休んだのは、病欠だろ?そんな問い詰めて訊く事かよ」
無造作に姫発が言った。
「・・・・知ってんじゃない」
「勘。で、それがどうかしたって?」
「・・・・」
蝉玉は目を閉じ、本日最大の溜め息を吐いた。
「あいつ、あの日道場に来たの」
「そりゃあ、いつもの事じゃねぇか。肺炎になってたって、あいつは毎日道場に立つぜ」
「でも、あたしが『具合悪いんじゃないの?』って言ったら『悪くない』って顔したわ。本人はそういうつもりじゃなかっただろうけど・・・・だけど、いつもならあたしがちょっと訊けば簡単に折れて話してくれたのに・・・・今回だけは、どうしても口を割らないのよ」
「ホントに病欠だったんじゃねぇの?」
「アンタだって天化の顔見れば分かるでしょ。嘘言ってるって」
それは姫発も否定出来ない。長い付き合いだ、まして顔に出やすい天化の事。
「・・・・何か、言いたくない事なのかもしれないけど・・・・」
「『知りたい』」
「・・・・人のセリフ取らないでよ」
蝉玉は姫発を再び睨んだ。
しかしその言葉は事実だ。強気なように見せて、告白する勇気も無い自分に、彼の事を知る権利は無いかもしれないが、それでも知りたいと思ってしまう。自分の知らない彼が、自分の知らない所で増えていくのが堪らなく悔しいのだ。
所詮同門の『悪友』。彼にそれ以上の認識など無い。確信するほどに、蝉玉は辛かった。
それでも、自分が彼に一番近い女であったなら、今までは良かった。
「あいつも、もうガキじゃないのよね」
殆ど独り言に呟く。
彼もいつかは独り立ちする。経済的にも精神的にも。そして精神の独り立ちは、一般に経済的により早い。天化も例外ではない筈だ。いつまでも自分と『同門の幼馴染み』であるばかりの男ではない。
「・・・・お前もな」
姫発は言った。
「どういう意味?」
蝉玉が訊き返す。
「人間、いつまでも同じじゃねぇって事さ」
姫発はニヤッと笑うと、サッと踵を返して屋上から去った。後には、まだ言葉の意味を理解出来ていない蝉玉と、午後の風が残された。
「破!」
蝉玉は気合いと共に竹刀を振り下ろした。相手の面に真っ向から入る。
「一本!」
賈氏の浪々とした声が響き渡った。
「よし、今日はここまで!」
黄道場師範・黄飛虎が言った。門人たちが一礼をしながら帰っていく。蝉玉は面を外して持参のタオルで汗を拭った。
「蝉玉ちゃん、腕を上げたじゃねぇか」
と、蝉玉に飛虎が声を掛けた。
「師範!」
慌てて一礼する。
「まぁまぁ。しかし何だな、ウチのドラ息子もウカウカさせてらんねぇな」
恐らく天化の事だろう。
「天化になんて、あたしじゃとても・・・・」
相手が想い人であっても負けず嫌いの蝉玉だが、これは心から思う感嘆の言葉。天化には敵わない。
「しかしアイツは道場にも出れねぇ奴だからな」
そういえば、今日は天化が道場に居ない。いつもなら、最初に来て最後に出て行くくらい稽古に熱心だと言うのに!
蝉玉は飛虎に天化が来ない理由を訊ねようとした。が、その質問は言葉になる前に回答を得た。
「河に落ちて怪我しちまうとは、腕が利くクセに抜けてる奴だぜ!」
一瞬、蝉玉は言葉を無くした。
「師範、天化が怪我・・・・って・・・・?」
「あ・・・・」
飛虎は、慌てたように口元を押さえた。蝉玉はお構い無しに捲くし立てた。
「どういう事ですか!?酷いんですか、怪我って!」
「いや、ちょっと・・・・」
飛虎は語尾を濁す。そして賈氏が居ない事を確かめると、小声で言った。
「天化にゃ、蝉玉ちゃんに黙っとくよう言われてたんだが・・・・数日前にあいつ、河にモロに落ちて腰を打って、それがどうやら打ち所が良くなかったみたいでな。大した事じゃなかったが、医者に二週間は稽古しないように言われてんだよ」
天爵が言っていたのはこういう事か!あの類稀なる剣術バカは、父に内緒で稽古をしようとしていたに違いない。どうせそれが悪化して遂に道場にも立てなくなったのだろうが・・・・。
「あ、蝉玉ちゃん!?」
飛虎の言葉も聞かずに、蝉玉は道場の裏にある黄家に走っていった。
「お邪魔しますっ!」
蝉玉はお世辞にも礼儀正しいと言えない勢いで玄関を開けた。
「あれ、蝉玉君」
天化の唯一の兄が出てきた。黄天禄、父に似た黄土色の髪と、母に似た柔軟な物腰。天化とは似ても似つかぬ黄家の長男だ。
「天禄さんっ!天化、居ますね!?」
「居るが・・・・」
「自分の部屋に!?」
「無論」
「上がります!」
蝉玉は有無を言わせず靴を脱ぎ捨てて天化の部屋に向かった。
「天禄兄さん」
「何だ?天爵」
兄思いの三男が、蝉玉の後ろ姿を見送りながら立っていた。
「親父が口を滑らせたんだろう。天化の奴、バレた時の事は何も考えていないだろうな」
天禄はしれっと言った。
「兄さん・・・・わざと蝉玉さんをけしかけるような答え方したんだろう」
「天爵、『嘘はいつかバレる』。その時に受ける報いは人それぞれだ」
黄家の長男はそう言って、さっさと奥に入って行った。
「天化ぁっ!!」
蝉玉はドアを蹴破るかの如き力で、天化の部屋に殴り込んだ。天化は寝台の上で上半身を脱ぎ、腰に新しい包帯を巻いていた。蝉玉の姿を認めると、みるみる顔色が変わっていく。
「せ、蝉玉・・・・なんでココに居るさ?」
「そんなのはどうでもいい!」
蝉玉はまだ稽古着のまま天化にズカズカ近付くと、不意打ちにデコピンを一発お見舞いした。
「っでぇっ!」
「天化の馬鹿野郎!何で怪我の事言わなかったのよ!」
「んな事言いに来たのさ・・・・?」
天化は上着を羽織って言った。
「そんな事って何よ!欠席理由もそれだったんでしょ!?何でそれを言わないの!」
「言ったら、蝉玉絶対心配するさ?」
「は!?」
蝉玉は勢いで言い返した。
「心配って・・・・だ、誰がアンタなんかの!」
蝉玉はやっと自分のしている事に気が付き、顔を真っ赤にしながら言った。せめてもの強がりだ。
「じゃあ何でわざわざココに来るさ?」
「うっ・・・・」
蝉玉は詰まった。何故来てしまったかというと、自分でもよく分からない。天化が怪我をしたと聞いて、無性に放って置けなくなったのだろうか。いや、違う。
「・・・・怒ってやろうと思ったのよ」
「は?」
蝉玉は言葉を選びもせずに続けた。
「怪我してたんならそう言ってくれればあたしだってあんなにしつこく追求しなかったのに・・・・変な疑問抱かされたおかげで、無駄に悩んじゃったじゃないの!」
人に気も知らないでのうのうと「心配するから」などとほざく天化に、無性に苛立ちが込み上げた。
蝉玉は天化にもう一発デコピンを打った。
「っだ!だからあーた何さ!」
「たかがそれだけの怪我なのに、妙に意地張って隠しちゃってさ!そりゃあたしはただの・・・・」
蝉玉は一瞬迷った。次に出かけた言葉は、自分が最も認めたくないものだったからだ。
「ただの・・・・何さ?」
天化は蝉玉を見上げて言った。蝉玉は言葉を発そうとしたが、出て来ない。沈黙が続く。
耐え切れず、蝉玉は咄嗟に言葉を変えた。
「あ、あたしじゃ何の足しにもならないかも知れないけど、せめて話してくれてもさ・・・・」
「蝉玉」
天化が何やら真面目な顔で言った。蝉玉は意図的に目を逸らす。
「最後まで言ってくれよ。俺っちは蝉玉にとって『ただの』何なのさ?」
「た、ただの・・・・」
『悪友』。
どうせ天化にはそんな認識しかないのだろうけど、自分で言ってしまうと認めてしまったようで、言いたくなかった。
蝉玉は目を逸らしてままで視線を泳がせた。考えてみれば、自分のこの行動自体が、永劫に笑いの種を撒き散らさんばかりの赤面モノである。しかし今更引き下がれない。
突然、天化が蝉玉の腕を引いた。日頃の鍛錬で培われた強い力。突然の事に蝉玉はバランスを失って床に倒れるようにへたり込んだ。
「蝉玉」
天化がもう一度言う。蝉玉は天化の顔をマトモに見てしまった。
見た事の無い天化だった。剣を交える時とは違う真剣さを帯びている。しかしその奥に、何事にも変わらない強い意志が見える。
逸らす事が出来なくて、蝉玉はそのまま固まったようになった。
「ちゃんと言って欲しいさ。蝉玉が俺っちの事、どう思ってるか・・・・俺っちは蝉玉の事、大切に思ってるさ」
蝉玉の時が止まった。
天化が・・・・何だって?
「蝉玉は、俺っちにとって大事な奴さ・・・・」
天化は続けた。
「いつも勝気で偉そうで俺っちに説教ばっかしてムカつく奴だけど・・・・でも、蝉玉ホントは弱いさ」
「だっ・・・・・・誰が弱いのよ!」
蝉玉の時がやっと動き出した。
思いっきり怒鳴りつけて、蝉玉は大袈裟なまでに視線を逸らした。しかし天化の手は、蝉玉の腕を掴んだままだ。
「そういうトコさ」
天化は切ないような、儚いような声色で言った。
「俺っちが怪我した事言ったら、蝉玉、自分で分かってなくても心のどっかでメチャメチャ心配するさ。例えばそれが俺っちじゃなくても・・・・あーたはそういう奴さ」
「何よ・・・・知ったかぶって・・・・!!」
目尻が熱い。
「いつも笑っててバカが付くほど真っ直ぐだけどよ・・・・絶対、泣かなかったさ。でも強がってるだけさ、それって。俺っちはガキの時からずっと蝉玉の事見てたから・・・・分かるさ」
「ば、バカにバカ正直だなんて、言われ、たく・・・・」
必死にいつもの調子を取り戻そうとするが、声は思い通りにならずにかすれた。
蝉玉の頭は、もはやパニックを超えていた。
「もう・・・・頭ぐちゃぐちゃで、分かんないよ・・・・」
ついに漏れた。
『弱音』。
「蝉玉・・・・」
「何よ・・・・何でアンタにあたしの事が分かるなんて言えるのよ・・・・」
「蝉玉、泣いてる・・・・さ・・・・?」
天化の声がした。
その言葉が、蝉玉の混乱した脳回線も手伝って、僅かに残った彼女のマシンガントークに火を点けた。
「見ないでよっ!馬鹿!」
思いっきり天化の腕を振り解き、蝉玉は立ち上がった。そして濡れた瞳で、キッと天化を睨みつけて、一気に捲くし立てた。
「『泣いてるさ?』ですって!?何よ・・・・アンタにあたしの何が分かってるってのよ!・・・・何にも分かってないじゃない!」
「蝉・・・・」
「変な情けかけないでよ!こっちが惨めになるだけじゃない!馬鹿天化!何が『ずっと見てたから』よ!冗談もほどほどにしてよね!」
「冗談じゃないさ!」
天化が割って入った。
「俺っちは全部本気さ!」
「馬鹿言わないで!何であたしがこんなに怒ってるかも分かってないくせに!」
「わっかんねぇよ!何で蝉玉が泣いてんのかは!俺っちの所為だってコト以外なんも理由なんか思いつかねぇさ!」
「そうよ!あたしがずっと好きだったコトにも気付いてくれなかった天化の所為よ!!」
「っっ!!?」
今度は天化が言葉を失った。
「っ・・・・・・」
蝉玉はもう枷が外れたように泣き出した。涙だけが後から後から流れる。それを拭う事もせず、何も言わない天化に遠慮もせずただ泣いた。
(最・・・・悪・・・・こんな告白になるなんて・・・・)
混乱した頭の片隅で後悔を覚える。
(フラれる)
確信的に言えてしまうほど、今の蝉玉には日頃の強気が無く、自信もゼロだった。
(天化の『大切』なんて、イコール『恋愛対象』とは限らない・・・・)
その言葉が浮かび、自分で更にどん底に落ちそうになった時。
「蝉玉。好きさ」
天化のハッキリした声が聞こえた。
続いて、天化のごつごつした手が蝉玉の頬に触れ、涙をそっと拭った。れっきとした『男』の手。
「俺っち、そういうのよく分かんねぇけど・・・・でも、きっと大事に思うのって、蝉玉が好きだからさ。家族とか友達とかじゃなくて・・・・」
蝉玉は頭が真っ白になっていた。ただ、天化の言葉だけが響いた。
「蝉玉、もっかい言って・・・・くれないさ?俺っち、自信が欲しいのさ」
「・・・・馬鹿・・・・」
蝉玉は小さく呟くように言った。
「・・・・好き」
「・・・・良かった・・・・」
天化はそっと蝉玉を抱き締めた。包み込むように、蝉玉を癒すように。決して器用ではなかったが、それでも天化の優しさが伝わって、蝉玉にさっきとは別の涙が込み上げた。
「馬鹿天化」
「うん・・・・俺っち馬鹿でいいさ」
「鈍感っ」
「それは蝉玉もさ・・・・でも俺っちもさね」
「天化・・・・」
「蝉玉」
天化は蝉玉を抱く腕に力を込めた。
「大好きさ!」
- 終 -
作者コメント>
題名と合ってないって、内容。現代パラレルです。・・・・嗚呼、文才が欲しいです。
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