FROM ISE-sama

「無敵の彼氏−太師の休日(後編)−」

黒麒麟から降り立った二人は、まだ新緑が眩しい草原を歩いていた。
目的地まで一気に向かうことを申し出た黒麒麟だったが、姫の「それではあっという間に着いてしまって面 白ろうない!」という一言で、聞仲は数里ばかり離れた草原に降り立つことを命じたのだった。遠くに白雲がかかる山々の頂上には万年雪が堆積しているのが見えたが、二人が歩く平野は短い草が一面 を覆われ、さしずめ翡翠の廊下のような光景が続いており、その上を歩いているのは二人の他には見当たらなかった。
もし誰かが見れば、黒衣を纏った大きな男と大きなリュックを背負った小さな女の子の『親子』とも『兄弟』とも思えぬ 組み合わせになんと思ったであろうか。
太師は何度も姫の荷物を持つことを申し出たが、なぜか姫はその申し出を断りつづけていたので、大きなリュックはずっと姫の背中に乗っかっていた。
(一体、何を入れていらっしゃるのだ?)
訝しぶる太師であったが、それを除けば、もっぱら姫が質問し聞仲がそれに応えるという形での『会話』というよりも『質疑応答』がさきほどからずっと続いていた。
常勝無敗を誇る殷の太師であったが、一体どんな話をすればこの少女を楽しませることができるかと思い悩むと、その知識も経験も形無しであった。だが、姫は実に愉快そうに次々と質問をぶつけてきた。
朝歌を離れ、初めて接する世界の全てが彼女にとっては新鮮であり、また興味の対象となった。聞仲は一つ一つ丁寧に答えながら、姫の世界への好奇心を素直に喜ばしく感じていた。
「姫さま、この広がる世界の全てがお父上であらさられる陛下の所有物なのです」
「あの向こうに見える山もかや?」
「はい。ですから、姫さまにはこの世界をすべて慈しんでいただきたいというのが私めの願いでございます」
「うん♪妾はあの山もこの野原も大好きじゃぞ!」
聞仲はその返事に目を細めて微笑んだが、次の一言には意表を突かれた。
「だが、妾が一番好きなのは聞仲じゃ!」
なんの衒いもないその一言に太師はなんと応えるかを八通りほど考え付いたが、口に出したのは一番無個性な返事だった。
「有難うございます」
だがその無個性な言葉にではなく、その言葉を発する太師の顔を見て姫は大きく肯いた。
そろそろ太陽が中天を過ぎる頃ようやく背の高い木々が現れはじめ、二人は木漏れ日が差し込む緑の回廊を歩いていた。
その時、急に姫は何かを探すように周りを見渡し始めた。
「いかがなさいました、姫さま?」
だが、聞仲が尋ねると同時に姫はお目当てのモノを見つけたらしく、軽く小走りになるとある大きな木の下に走り寄った。
「よし!ここがよい!聞仲!お昼ご飯にするぞ!!」
「お昼ご飯・・・でございますか?」
聞仲は思わず問い掛けなおしてしまった。確かに時刻から言えば相応しい時間帯と言えるが、太師自身は飲み水の他は何も携帯してきていない。
「ほら、はやくこちらに来て坐るのじゃ!」
そんな太師にお構いなく、姫は巨木の日陰に腰を下ろすと敷物を広げ、太師がずっと気にしていた背中のリュックから、よくもまぁこれだけ入っていたものだと感心するほど、次ぎから次ぎへと箱に取り出しては蓋を開けていった。
数種類の前菜から主菜、おまけに食後の菓子や果物までと、あっという間に巨木の根元にはさながら「満漢全席」に匹敵する料理が用意された。
「この料理はいかがなさいました?」
「ふふっ♪すごいであろ!黄氏に作ってもらったのじゃ!」
武成王・黄飛虎の妹である黄氏のことは彼女が後宮に入る前から見知ってはいたが、このような才も持ち合わせていたのかと正直驚いた太師であった。だが、腰を下ろした太師はよく見るとその華麗な料理の中に不釣り合いな、おそらく『おにぎり』だと思われる、海苔に巻かれた大きなご飯の塊が三つ並んでいるのに気がついた。
その聞仲の視線に気がついたのか、珍しく姫は少し口篭もりながら告白した。
「それはわらわが作ったものじゃ。初めて作ってみたのじゃが『料理』というのはナカナカ難しいものじゃな。でもでも見目は悪いかもしれんが、味は悪くないと黄氏も誉めてくれたぞ!」
はにかむ姫から手渡されたおにぎりをしげしげと眺めてから、ようやく太師は一口かじりついた。
「・・・・どうじゃ?妾の作ったのは?」
固唾を飲んでおにぎりを食する太師をじっと眺めていた姫はおずおずと切り出した。だが、聞仲はそれには応えず、黙々とおにぎりを食べているだけだったので、姫は段々心細くなってきた。
(やはり妾の作ったものが美味しくないから怒ってるのじゃろうか・・・)
そんな想いに囚われている間に太師は一つのおにぎりをすべて平らげた。そして、姫の方に向き直ると真剣な顔で対座した。
「姫」
「は、はい!」
思わず姫は怒られると思って逃げ出したい衝動に駆られた。
だが、聞仲は頭を深々と下げるとこう言った。
「かように食事を美味いと感じたのはこの聞仲、300年来初めてのことでございます。かかる姫様のご厚意、聞仲心より御礼申し上げます」
首を竦めて聞仲の言葉を待っていた姫はその言葉を聞くと泣きたいような笑いたいような衝動に駆られて自分がどんな顔をしているのかわからなくなってきた。
ただ、とりあえずは、この生真面目な太師に腹が立ってきた。
「聞仲!美味いならもっと美味そうな顔をして食べるものじゃ!!それに何も言わぬ から妾が不安になったではないか!!」
頬を膨らませてご立腹の姫君を見て、初めて聞仲は気づいたようだった。
「それは・・・申し訳ありません。久しくこのように美味いものを食したことがないので、一体どのような顔をすればよいのか忘れていたようです」
「まったく!お主がいうと冗談に聞こえんぞ!」
苦笑混じりに応える太師を見て姫は呆れると同時に、笑いが込み上げてきて、先ほどまでの不安は一瞬のうちに吹き飛んでいった。
「ふぅ、お主を怒っていたら余計お腹が空いていたわ!ほれ、お主も美味いなら美味しそうな顔をして食うのじゃぞ!?」
そう言って手近の料理から箸をつけ始めた姫君を見守りながら、ゆっくりと料理に選んでは箸をつける聞太師であった。だが、太師の頭の中では音が鳴りそうなほどの勢いで
(さて、これだけの量、どのように攻略したものか・・・)
と戦術が練られていたとはさすがの姫も気づいてはいなかった。
「出されたものは残さず食べる」。どこまでも律義な男であった。
大きな荷物を片づけて身軽になった姫と、太師府に帰ったら張奎に命じて胃腸薬を用意させようと考えながらの太師は、ようやく目的地に達しようとしていた。
「あそこでございます」
太師の指差した方向には緑がと切れ、白い花崗岩がまるで天上にまで届く階段のように形作られていた。
「あそこに何があるのじゃ?」
「それは・・・姫さまの目でお確かめください」
太師にしては珍しい秘め事めいた台詞に姫の期待はますます高まった。居ても立ってもいられなくなった姫は段々早歩きに、そして最後には駆け出していた。
「姫!そんなに慌てては転んで危ないです!」
後ろの方から太師の心配そうな声が聞こえたが、姫はお構いなしに軽やかに階段の最上段に上り詰めた。
その時、姫の鼻腔を爽やかな夏風と共に潮の香りが入り込んできた。
「わぁ!!」
地平の果てまでも連なる緑、碧、翠。
様々な緑色が一瞬毎に現れてはまた別の緑に変わる光景に姫の目は釘付けになった。
初めて見る光景に感嘆の声をあげ、姫は岸壁の縁まで走り寄ると目の前に広がる大海原に目をみはった。
「これが『海』というものか?!父様が話してくれたことがあったが海とはこんなに綺麗な緑色をしているものなのじゃな!!」」
「左様でございます。姫さま」
姫の後からゆっくりと歩みを進め、その傍らに立つと聞仲は雄大な海原に臆することなく対峙するとよく響く声で語り始めた。
「潮の流れ、気温、太陽の光。すべてがこの光景を創り出しているのです。移りゆく時間と共に一瞬毎にその姿を変える。これが私が姫さまにお見せしたかったものです」
姫は嬉しかった。
何がどう、とは説明できなかったが、そこに聞仲が居てくれること。ただ、それだけが無性に嬉しかった。
その時。
ゆっくりと太陽が海に沈み始め、大海原が今度は別の色に彩られる。
「あ・・・」
姫はただただ言葉を失った。なぜか、涙が一筋零れ落ちた。
「ちょうど良い刻限です」
聞仲はまるで予定通りだというように一歩前に歩を進める。
「妾は・・・こんな色は見たことがない・・」
「瑪瑙色です。姫さまと私は今瑪瑙色の時間を共有しているのです」
振り向いた聞仲の顔は夕日の逆光で良く見えなかった。だが、聞仲の優しい声だけは良く聞こえる。
「そして、これが世界です。姫さまも陛下も私も飛虎も、すべての生きとし生ける存在がこの世界に包まれているのです。・・・泣いていらっしゃるのですか?」
太師の不思議そうな声が聞こえる。だが、そんなことはどうでも良かった。
「聞仲」
「はい」
「妾はお主のことが好きじゃ。お主は妾が好きか?」
しばらくの沈黙、そして、逆光に彩られた太師の口元が動く。
「私は・・・」
ひときわ大きな白波が二人の立つ岩場で弾け砕けて泡となって消えた。
「さて、そろそろ戻りませぬと陛下が心配されます」
「・・・・ん」
太師に手を引かれて岬を後にする姫は太師の大きな手をぎゅっと握り返した。
今日の光景と太師の言葉をゼッタイ一生忘れない、姫はそう心に誓った。

 

- 終(番外編で続きがあります) -


作者コメント>
やっと後編を送ることができました。思い返せば、GWに合わせて書き始めたのがいつの間にやら夏休みになってしまっていて、もう「穴があったらはいりますから、上から埋めてください」ってカンジです。(笑)今回、つくづく私には朱音さんのようにコンパクトにまとめるという技量 が甚だしく不足しているのがわかりました。次があるなら、書きたいことを詰め込まず、一つのエピソードに絞って書くように心がけます。(苦笑)最後の太師の台詞、どうしようかと迷ったんですが、まぁ、みなさんのご想像にお任せするということで。(笑)

KAMIKAMII's COMMENT

伊勢さまより頂いた聞仲×姫小説です。ステキな作品をありがとうございました!! ぎゃーっ!! やはり姫はかわいい!! 聞仲様がぶんぶん振り回されてる(笑) って聞仲!! あんた生真面目すぎや←でもそんなところがたまんなくステキだと思う私もかなりの末期的聞仲様ファン…。って伊勢さんも仲間だったわぁ(笑) 最後の聞仲さまのセリフが気になりまするぞ。個人的には……きっと、優しい笑顔つき、と思い込んでるんですが、どうかな♪
ところで、太師の大きくてたくましい手のひらの中に姫の、ちっちゃくてあったかくってやわらかいお手て(まぁ天祥くんと一緒ね!)があるんだと思うと、みょーに燃えて萌えてしょうがないのは私だけでしょうか? この作品には番外編も頂いてるんですが、もう一つの番外編で飛虎編とか見たいです(笑) 嬉しそーに姫が、聞仲様とのデートを飛虎に話すのが騒動(笑)の発端、とかv

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