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FROM
HONAMI-sama
「はじまりの夜」
妹みたいだと、思っていた。
無鉄砲で、危なっかしくて、見ていられなくて。
ただ、それだけだと思っていたのに。
夜の野営地は、思いがけないほど静かだった。
何処からともなく聞こえてくる虫の音を背景に、天化は一定の足取りで周囲を伺いながら歩を進める。
満月が皓々と輝き、星が綺麗な夜だった。
(こんな夜なら、見回りもそう悪くないさ)
そう思いながら月を見上げているうちに、その円形がふと天化に球形の宝貝を――そして、その持ち主を思い出させた。
紅いお下げに、よく動く大きな瞳、顔を付き合わせると何故か大抵口げんかになってしまう娘。
さばさばした気性で、根拠のない絶対の自信家で、見ていると飽きないが少々危なっかしい。
言いたいことの言い合える間柄、まるで十年来の友人か何かのように、すとんと天化の心に入り込んでしまった存在。
(蝉玉、もう寝てるさな)
いつもいつも、やたらと元気で騒がしい彼女のことだから、夜は疲れてぐっすりだろう。今日もパタパタと走り回っていた様子が脳裏に浮かび、天化は思い出し笑いをする。
(……今頃モグラの夢でも見てるんだろうか?)
自分の思考に何故かムッとし、天化は足を早めた。
(まぁ、別に蝉玉が誰を好いていようが、俺っちには関係ないさ)
ただ、友人として――男の趣味が悪いとか、あんなので本当に良いのかと疑問に思うだけだ、と自分に言い訳する。
「ん……?」
ずんずんと歩いていた天化を止めたのは、岩の上に座る人影だった。
見知らぬ女が、そこにいた。
ウェーヴのかかった髪が、少し重たげに風に揺れていた。月光に照らされた横顔は、微かに憂いを含んでいて儚げに美しい。
(……綺麗な、人さ)
初めて見る女だった。
何故か、動悸が早くなる。
彼女から目が離せない。
呆然と見上げていた天化は、はっと自分が見回りだということを思い出した。彼女が敵だとは思えないが、仲間でもない以上警戒しないわけにはいかない。
「おい……」
声をかけようとした瞬間、女が天化の方に顔を向けた。
「あら、天化じゃない」
ごく普通の口調で女はそう言った。
「へ……?」
くわえていた煙草が、ぽとりと地面に落ちる。
「見回り? ごくろーさんね」
その口調も、大きな瞳も、確かにそれは知っているもので。
だが先程の横顔との差が余りに激しくて、天化は一瞬理解に遅れた。
「せ……蝉玉?」
思わず尻上がり気味に名を呟くと、女――蝉玉は、不思議そうに首を傾げた。
「あんた何いってんのよ? このあたしの顔を忘れたわけ?」
「い、いや……」
そんなことはないさ、と天化はうろたえながら答える。とりあえず、彼女に見とれていたことだけは、絶対に知られるわけにはいかない。混乱した頭の片隅で、そんなことを考える。
「そんなことより……蝉玉、どうしてそんなところにいるのさ?」
「あたしは、お散歩よ」
月が綺麗だったから、と蝉玉は微笑む。
思いがけずやわらかい表情を向けられ、天化はまたもや動悸が早くなるのを感じた。
(だー、蝉玉相手にどうしちまったんだ、俺っち!?)
だが、そんな天化に気付いた様子もなく、蝉玉はひょいっと岩から飛び降りた。緩やかに広がった髪が、天化の前でふわりと揺れる。
「さーて、髪も乾いたし、そろそろ寝ようかなっ」
「髪?」
「そ、沐浴したから濡れてたのよ」
言われて見れば、確かに髪は微かに湿っているようだった。
殆ど何も考えず、無意識に天化はウェーヴの髪に手を伸ばした。
さわさわ。
いきなり髪をふれられ、蝉玉が驚いた顔をする。
天化自身、自分の行動に驚いていた。が、慌てて手を離すと、それを取り繕うように口を開く。
「まだちょっと、湿ってるさ」
「そ、そう?」
どこかぎこちない空気が、ふたりの間を流れる。だが、天化にとってその空気は決して嫌なものではなかった。甘酸っぱいような、奇妙な感じ。くすぐったい気持ちと、どうしようもない切なさ。
蝉玉が、ふっと天化を見上げる。
蝉玉だとわかっているのに、目の前の女が誰よりも可愛く見えた。
(何だろう……俺っち、変だ)
先程ふれた髪に、もう一度さわりたい、無防備な肩を抱き寄せてしまいたい。急激に膨れ上がる感情に、首の後ろがチリチリした。
だが、絡んだ視線は一瞬で、蝉玉はぷいっときびすを返してしまった。
「……蝉玉?」
驚いて呼びかけた天化に、振り返らずに蝉玉が叫ぶ。
「あ、あ、あたしっ、もう寝るッ! おやすみッ!!」
ぱたぱたと遠ざかっていく背中で、紅い髪が揺れていた。
何故か追いかけたい衝動に駆られながら、天化はかろうじてその場に踏みとどまる。
「……おやすみ、蝉玉」
呟いた声は、きっと彼女には届いていない。
それでも、天化は言いたかった。
「また、明日な」
何かが、変わりはじめている。
(そ、明日から、さ)
天化自身はっきりとはわからないけれど、確かにそれを感じて、彼はちいさく微笑んだ。
妹みたいだけど、妹じゃない。
放っておけない、そばにいたい、誰よりも。
そんな風に、いつの間にか感じていた。
- 終 -
作者コメント>
どこが天蝉? と首を傾げられたらごめんなさい(^^;) 一応、恋のはじまり(笑)、を意識してかいてみました。というか、天化は自覚のはじまり、でしょうか? 蝉玉は、まだまだ・・・ぽいですが。では、ここまで読んで下さりありがとうございました。
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