FROM AORI-sama

「いい女」

「いいですか、太公望さん?あなたと言う人は毎回毎回……………」
晴れ渡った朝。
周の野営地では、ある人物が来てからの日課が行われていた。
「何だよ、太公望。また夜中に桃を盗み食いしたのか?」
「味見と言わんか!武王!」
「話はまだ終わっていませんよ、太公望さん」
「…ぅ………」
自分をからかう武王に口答えをするが、邑姜に睨まれ、太公望は口篭もる。
「全く…。今の現状を少しは考えて……」
説教をする相手が周公旦や元始天尊ならば、太公望もどうにか逃げられる。
だが、相手が邑姜ではそれも不可能だ。
「と言うわけで、しばらくの間は外出禁止です」
「な…ッ!?どう言うわけでっ…」
「いいですね!太公望さん」
見下ろすような威圧感。
太公望は慌てて首を縦に振った。
「ついでに、脱走防止のためにスープーちゃんは預からせていただきます」
「そこまでやるかい!!」
「当然です。見張りに蝉玉さんもつけますよ。さ、兵士の皆さん、連行して下さい」
「だぁぁぁぁぁ!邑姜っ、コラッ!」
叫びも虚しく、太公望は自室に連行されていく。
邑姜はそれを見届けて、隣で自分を見る武王に目を向けた。
「何ですか?」
「いや、正直じゃないのは血筋か?とな」
「………私達の血筋の分析よりも、山のように積まれている書類を処理してください。武王」
きっぱりと言い、邑姜は自分の仕事に戻っていく。


邑姜の命令で外出禁止になって、机に向かっていた太公望は頭を悩ませていた。
「太公望も馬鹿よね。邑姜を怒らせるなんて」
太公望の後ろで、蝉玉が茶をすすりながら言う。
「桃が食べたかったのだから仕方なかろう」
「邑姜ってこの間、ナタクにまで命令してたわよ」
「………あやつ、無敵だのう」
少し呆れつつも、太公望が言う。
「でも、結構人気あるのよ。ま、私には負けるけどっ」
蝉玉の高笑い。
その時、天幕が少し開いた。
「夜更けに失礼するぞ、太公望、蝉玉」
「公主!?」
太公望の部屋に入室してきたのは、純血の仙女・竜吉公主。
「おぬしが外出禁止になったと聞いたので、今日は私から来てみた」
公主の赤い唇が綺麗な弧を描く。
「ぁ、太公望、私ちょっとお茶菓子でも取ってくるわね」
「蝉玉?」
「じゃ、公主もゆ〜〜〜っくりしていってね」
楽しげに笑い、蝉玉は外に出ていった。
太公望はそれを見送ると、公主に茶を入れる。
「身体の方はいいのか?公主」
「おぬしが毎日見舞いに来てくれていたおかげで随分と良い」
綺麗な黒髪が揺れた。
茶を渡し、太公望は公主に椅子をすすめた。
「のう、太公望。おぬしの外出禁止は邑姜の命令だと聞いたのだが」
「うむ」
「前々から不思議に思っておったのだが、太公望はどうして邑姜には言い返さないのだ?」
茶をすすりつつ、公主は尋ねた。
実際、これは彼女以外の仙道も持っている疑問だった。
「どうしてと言われてものう…」
「私はおぬしとは随分長い付き合いになる。普段のおぬしなら、面倒な説教は何とかして逃げたがるではないか」
公主の言う事はもっともだ。
太公望もそれがわかり、少し笑った。
「似ておるのだ」
「ぇ?」
呟くような言葉に、公主は危うく聞き逃す所だった。
「わしの妹…、邑姜の曾祖母に似ておるのだよ」
「太公望の妹に?」
「わしは人間だった頃、色々と無茶をして家族に心配をかけた。その時、無茶をするたびにわしを叱っておったのが邑姜の曾祖母だったのだ」
懐かしそうに太公望が笑う。
「頭の良い娘で、わしらは兄弟で一番仲が良かった。だからかのう…、邑姜と話しておると、妹を思い出すのだ」
もう二度と会う事の出来ない幼い妹。
「ふむ………」
「どうした?公主」
「…いや、少しな」
想い人があまりに懐かしそうに、幸せそうに笑うから、公主は少し悲しげに笑い返した。
自分にも異母弟がいるからこそ、太公望の気持ちはよくわかる。
だが、太公望の身内の中には、自分はいない。

太公望の外出禁止が解け、何日か経った朝。
体調の良かった公主は天幕を少し開け、外の様子を見ていた。
小雨が降り、外は霧のようだ。
「………………」
特に見たいものなどなかった。
ただ、外の様子を知りたかったのだ。
そんな中、雨の中の人影。
「邑姜…?」
雨の中、一人佇んでいたのはあの邑姜だった。
「………………………」
邑姜も公主に気付き、ゆっくりと一礼する。
「熱い茶を用意するから、入って来ぬか?」
公主はそう言い、邑姜を招き入れた。
ひとまず、濡れた髪を拭くため、置いていたタオルと着替えを渡し、茶を入れる。
そして、着替え終えた邑姜は大きめの服に身を包み椅子に座った。
「雨の中で考え事でもしておったのか?風邪をひくぞ」
「頭を冷やすと考えがまとまりますから」
「ふむ…、血筋かのう。太公望も自分の身体の事に無頓着だが…」
少し呆れ気味に言い、公主は湯のみを渡す。
「……貴方は…太公望さんが好きなんですね?」
「ぇ…?」
「答えてください」
突然の質問と、威圧感。
(この私が…飲まれておるのか?)
崑崙の幹部たる自分が、人間の少女の言葉に心臓を掴まれた。
「…好きじゃよ」
「母親代わりとしてですか?それとも、女性としてですか?」
「………両方じゃ」
「だったら、捨てて下さい。母親としての愛情を」
きっぱりと言った邑姜の一言。
「捨てて下さい。貴方が本当に身動きが出来なくなる前に」
「……………」
「もちろん、今すぐ母親としての愛情だけを全て捨てて欲しいとは言いません。ただ、少しずつでも構いませんから、捨てて欲しいんです」
「邑……っ」
「雨が止みましたね。服、ありがとうございました。後日、お返しに来ますので。では」
公主の返事も聞かず、邑姜は晴れた空の下に出ていった。
残された公主は、ただその後姿を見ていた。

『母親としての愛情を捨てて下さい』
今日の朝、邑姜に言われた一言が耳の中で響く。
「はぁ………」
公主は溜め息をついた。
「捨てられるのなら、もう捨てておるよ…」
ここにいない邑姜に返事を返すように呟く声。
「何を捨てるのだ?公主」
「ぇ…、あっ………、太公望っ」
公主が慌てて振りかえると、そこには太公望がいた。
「ど、どうしたのだ?」
「うむ、美味い桃が手に入ったから、おぬしにも…と思ってな」
太公望はそう言うと、持っていた籠を見せ、中から綺麗な桃を一つ取り出す。
そして、それを公主に渡すと、自分も取り出した桃に噛り付く。
「美味いっ!」
本当に美味しそうに食べる太公望の顔。
それを見て、公主は微かに笑い、桃を食べる。
「ふむ、確かに美味いのう。また盗ってきたのか?」
「わしとていつも盗み食いをしておるわけではない。それに、これは邑姜にもらったのだ」
「…邑姜に……?」
邑姜の名に、またあの言葉を思い出した。
「いきなりわしの所に来たと思ったら、一番大切な人と食べろと言って、そのまま出ていったのだ」
「……それで…どうして私の所なのだ?」
「いや、んー………。そうだのう……」
「……母親と…してか?」
「ぉ、それもあるのう!」
必死に悩んでいた太公望は、公主の言葉で納得した。
本当は、少しだけ存在していた期待は、太公望の言葉で消えてしまった。
「クスッ…。母親か…」
それでも、大切である事に変わらない存在。
公主は微笑み、それでも良いと感じた。
「しかし、母親としてと言うのも…語弊がある気がするのう…」
「…………………」
「ぅーん……」
考えつづける太公望。
自分のために悩んでくれる事が嬉しくて、公主は太公望の髪を撫でる。
「のう、太公望。…もう少しだけ母親でいても、邑姜は怒らぬかのう…」
「ん?…何か言ったか?」
呟くような声は太公望には聞こえない。
「何も言っておらんよ」
幸せそうに微笑み、公主は太公望を見た。


「なあ、何であんな事言ったんだ?」
「…………………」
邑姜の後ろでそう言ったのは武王。
「盗み聞きは良い趣味ではありませんよ」
そう言い、邑姜は武王を見上げた。
「そんな事より、何であんな事言って、竜吉公主を煽って、太公望を行かせたんだ? おめーも太公望の奴が…」
「好きですよ。曾祖母に話を聞いていた頃から、道士となった彼に会い、彼の役に立つ事だけが私の生きる目的だったんですから」
「それなら…っ」
「だからこそ、私は彼女を煽ったんです」
強い意志の目。
「太公望さんは他人を守るためなら、自分の命など笑顔で捨てられる人です。でも、私にはそれが耐えられない」
「…………………………」
「彼が命を投げ出すのを止める事が出来るのは、公主さんだけです」
「…太公望が死ぬくらいなら、あいつが他の女とくっついて、その女のために生きてるほうがマシって事か?」
「ええ」
ニッコリと笑った笑顔を武王に見せ、邑姜は言う。
そして、こう付け加えた。
「馬鹿な女だと思いますか?」
「……………………」
実際、武王はその通りだと思った。
だが、邑姜が全く悲しさを見せずにそう言うので、武王は口元を上げて笑う。
「そう言うの、馬鹿な女じゃなくて、『いい女』ってんだ。それに、いい女は俺様みたいないい男とくっつくもんだぜ」
「…クスッ。そうですね。では、頑張って太公望さん以上の『いい男』になって下さい」
楽しげに笑う笑顔。
武王は『おう!』と短く返事返すと、邑姜につられて笑った。

 

- 終 -


作者コメント>
これの中間部分を書いている間、入院はするし、色々あって情緒不安定にはなるし で、何だか訳わからない文章になってしまいました。 でも、序盤の太公望と邑姜のやりとりを書いているのは楽しかったです。 順番でいくと今回は天蝉だったんですが、19巻を読んでいて、邑姜が書きたくなってしまい、煉華からのリクエストも『天蝉か武邑!!』だったので、『太邑も混ぜて書いてしまおう!』と言って、書いてしまいました。(笑) 何故か、私の書く太公望は邑姜や蝉玉を妹のように可愛がっているんですよね。 しかし、邑姜がいい女になっているか不安だ…。

KAMIKAMII's COMMENT
煽さんから頂いた…うーん、何小説だろう (笑) 姫発→邑羌→太公望×竜吉、小説かな? ありがとうございました!!
それにしてもなんとも、微妙な関係の小説ですv 特に20巻発売直後の今現在は、非常にタイムリーになりました。(頂いたのは20巻発売前だったけど、私がUPするのが遅かったから…げふっ) パワーあふれる(でも表面はく〜る)邑羌ちゃんがなんともステキv と思い気や、いやん微妙な女心vvv
微妙といえば太公望と公主の関係も微妙すぎ (笑) 思わずつついて煽りたくなりますね(ぐふふ) それはまあ邑羌ちゃんにまかせるとして、奥手な二人の未来やいかに。積極的な姫発の方が、先に邑羌とくっつきそうですが(#^.^#) …って私、素直に喜んでいていいのか!? かみかってば、太公望×邑羌じゃなかったの!!? でも太公望×竜吉もステキだからいいやv (爆)
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