FROM AORI-sama

「眼中人」

【眼中人】
意味:常に目の中にちらついていて、心にかかっている人。懐かしい
人。親愛する人。

竜吉公主からの視点@→最初は暖かい春。
花が溢れ、小鳥が囀った春に出会った。
花の匂いの溢れる庭に、足音が微かに響いた。
「竜吉公主様の洞はこちらですか?」
体調が良く、久しぶりに庭に出ていた私に声をかけたのは、まだ十二ほどの少年。
「そうだが。おぬしは?」
「玉虚宮が元始天尊様の弟子・呂望です。竜吉公主様に届け物なのですが、竜吉公主
様はおいでですか?」
少し威圧感をかけてみたのだが、少年…呂望は目を背ける事がなかった。
(元始天尊様は良い弟子を連れてこられたようだのう)
内心、私は少し微笑んだ。
「…公主様は体調が悪く、休んでおられる。少々退屈しておったのだが、時間がある
のなら、話し相手をしてくれぬか?」
それはちょっとした悪戯心だったのかもしれない。
呂望があまりに真っ直ぐな目をしていたので、私はどうしても話をしてみたくなっ
た。
「………………」
呂望はすぐには返答しない。
無理な話という事はわかっていた。
仙人界に来て、日数は少し経過していた。
そろそろ修行が辛くなり始め、修行予定を午前中だけでは終えられなくなっている頃
だったから。
「無理ならば構わぬが…」
「いいえ。僕も仙女様にお会いするのは初めてなので、お話しをしてみたいです」
「………しかし、今日の修行予定は…」
「それはこちらに来る前に終わらせました」
驚いた。
どんな道士も、修行を始めて数日も経てば疲れが出てくる。
だが、呂望はその一番辛い時期にも修行を怠っておらず、予定を全て午前中に終えて
いた。
「そうか…。では、桃を用意しよう」
呂望の幼い手を握り、私は洞へと入っていく。

庭に用意した桃を食べながら、仙人界での修行の話や、十二仙の話をした。
「ぁの………………」
「どうした?」
ふと何かに気付いたらしい呂望は私を見る。
「お名前をお聞きしていなくて」
「………名前…」
考えていなかった。
(私は今は竜吉公主ではないのだ…。何か…)
呂望に気付かれないように、辺りを見回す。
「…私は…公主様の弟子で………雪柳(せつりょう)と言う。そこの雪柳(ゆきやな
ぎ)と同じ字を書く」
「綺麗な名前ですね。雪柳様」
咄嗟の嘘。
呂望の隣に咲いていた花の名前を読み替えた。
以前、弟子の赤雲が下界から持ち帰った花だった。
「そう言えば、呂望は最近下界から来たのであったな。家族もさぞ心配しておろう」
「ぁ……、………いえ、それは…ありません」
「?」
「家族は…殷の人狩りに遭い、皆殺されました」
「ぁっ………、…すまぬ」
『人狩り』は話に聞いていただけだった。
自らの洞からも滅多に出られないのだ、下界になど下りた事はなかった。
声をかけられない。
(何を言っても、…きっと慰める事などできないのだろう)
呂望の顔を見て、私はそう思う。
ただ、その幼い体を抱き締める。
「雪柳様?」
「ここは……何も怖くないから」
ただ…私はそれだけしか言えなかった。
「…雪柳様は…優しいですね。…母様と同じです」
(優しいのではない。私はただ無力なだけ。おぬしを抱き締める事しかできないだ
け…)
私は己の無力さを初めて知った。
純血種として、崑崙最強であったにもかかわらず……私は無力だと知った。

太公望(呂望)からの視点@→初めて公主に会った時、想像しておった仙女のイメー
ジが一致したのを覚えておるのう。名を偽っておった公主に二度目に会った時は…。

わしは仙人界に来て、精神を安定させる事ができるようになった。
雪柳と名乗る公主に会い、抱き締めてもらってからだった。
(懐かしい……母様と同じ匂いだったなぁ)
そんな事を思い、元始天尊様に修行予定終了の報告に向かっておった時、声が聞こえ
た。
「それで、君は名前を偽ったのかい?」
元始天尊様に会いに来ていた太乙真人の声。
客間に十二仙の数人が来ているのは知っていた。
「ついな。途中で名を明かそうかとも思ったのだが、何故かためらってしまった」
(雪柳様の声だ)
よく響く美声に聞き覚えがあった。
「でも、どうせここであったらバレるんじゃないか?」
「…道徳の言う通りだな。だが、私も嘘という行為はあまり得意ではない。いつか知
られてしまう事なら、早い方が良かろう」
初めは何の事か全くわからなかった。
「呂望君に本当の事を言うのかい?」
「そうするつもりだ。玉鼎はどちらがいいと?」
「言うべきだろう」
玉鼎の低い声が響くと、公主の小さな笑い声が響く。
「そうだな。少し出てくる」
穏やかに言うと、扉が開き、公主が出てきた。
「雪柳様」
「ぁ、……………呂望…」
公主は少し驚いていたが、当時のわしにはわからなかった。
「…呂望、少し話があるのだが、時間はあるか?」
「それは大丈夫ですけど」
「ならば、少し付き合ってくれ」
穏やかにその美麗が微笑む。
「はい」
返答は決まっておった。

公主と話をしたのは玉虚宮の庭だった。
「呂望、話しておかねばならぬ事がある」
側にあった岩に腰をかけ、立っていた呂望を見る。
「私は…雪柳ではない」
「………………」
「私の名は…竜吉公主。鳳凰山の竜吉公主だ」
辛そうに呂望を見る目。
(雪柳様が…竜吉公主様…………?)
事態が上手く飲み込めず、頭が少し混乱した。
だが、幼いとは言っても、後に『封神計画』の実行者に選ばれる事になる呂望には、
すぐに予想がついた。
(多分、…この人は悪戯心で僕をからかったのだろう…)
少し悲しかった。
だが、呂望は公主を見て、その細い身体を抱き締めた。
「呂望…?」
「…太公望」
「ぇ?」
「先程、元始天尊様から仙人界での別名を与えられたんです」
呂望はそう言って、自らの名が変わった事を教えた。
(ああ……やっぱり…母様と同じだ)
もう自分を抱き締めてくれる事のない暖かな母が…公主と重なる。
「竜吉公主様、今日から僕の名前は変わります。僕も公主様に嘘の名前を教えていた
事になります」
「りょ……太公望…?」
「あいこですよね?」
「……………」
あの時、公主は泣きそうな顔をしておった。
嘘よりもそれが辛かった。
…泣いてほしくなかった。

竜吉公主からの視点A→何度も尋ねてくる太公望は、私にとって弟や我が子と言った
ものだった。
そう…あの日……、あの子が私から離れるまでは…。

私の体調が悪かったり、太公望の修行が忙しかったりで、しばらく会えない日が続い
た。
あの日は弟子達が雨の中外出していて、私は退屈をし、寝室の窓から見える雪柳の花
を見ていた。
「…太公望とは今日も会えぬか…。もう随分会っておらんが…」
そう呟くと、少しため息をつく。
「何じゃ?浮かない顔だのう」
「ぁ……」
予想もしていなかった声。
いつの間にか、扉の前に太公望が立っていた。
「今日は弟子達がおらんようだのう。誰も出ぬから勝手に邪魔したぞ」
「皆出払っておるのだ。来るのなら言ってくれれば茶菓子を用意したのだが………」
「いや、今日は公主の見舞いに桃を持ってきたから、これを食べる」
「クスクスっ…。普通は自分で持ってきた見舞いを食べたりはせんのだがな」
久しぶりに太公望に会えて、私は嬉しかった。
だが、太公望はいつもと少しだけ……様子が違っていた。
「太公望、何かあったのか?」
「…………おぬしはわしがここに来た理由を知っておるのではないか?」
本当はわかっていた。
だが…、私は太公望の口から教えてもらいたかった。
「公主、『封神計画』と言うのを知っておるか?」
「…話は聞いた事がある」
「わしはその実行者に選ばれた。殷の皇后を滅ぼしに下界へ行くように命令された」
静かに私を見る目。
(ああ…。やはり…この子が実行者となってしまった)
以前、元始天尊様に『封神計画』と、その実行者候補の名を聞いていた。
その中に…『太公望』の名は存在していた。
「…命令を受けるつもりなのか?」
「まだ悩んでおる。わしは妲己を倒す事を目標としておったが、これは荷が重すぎ
る」
椅子に座った足を組み、太公望は少し困ったように笑う。
一番悩んでいる時の笑い方だった。
「のう、太公望」
「ん?」
「こちらへおいで」
ゆっくりと手招きをすると、太公望は私が横になっていた寝台の前に立つ。
上半身を起こし、その腕で太公望を抱き締める。
「公主?」
「…怖い事はない」
本当は…自分に言い聞かせたかった。

夕方になり、雨も止んでいた。
疲れていたのか、太公望は私が抱き締めている間に眠ってしまい、私は自分の寝台に
太公望を眠らせた。
「……私は怖いのだ」
眠っている太公望の髪を撫で、そう呟く。
(この子を失いたくはない。もしこの子の身に何かあれば、私は永遠を悲しみ続けて
生きねばならない。永遠を…一人で生きたくはない)
いつも私を見てくれた笑顔がいなくなる。
それが怖かった。
「本当は…弟でも、我が子でもない………。一番側にいたい人なのに」
気付いてしまった。
一番気付いてはいけない時に…。
「……どうして…今気付いてしまうのだ…」
赤い唇が小さく呟いた。
気持ち良さそうに眠る太公望を見て、ゆっくりとその唇にキスをした。
「…雪柳、私は………どうすればいい?」
存在するはずのない架空の人物の名を呼んでしまう。
私は…太公望に仙女として見てほしくなかった。だから…、あの時…『雪柳』を名
乗ってしまった。
(……愚かな…)
ただ…、その思いが頭を回る。
「ん……、公主…?」
「ぁ、…すまぬ。起こしてしまったか」
「いや………、…泣いて…おるのか…?」
目を覚ました太公望が寝ぼけたように言い、目をこする。
泣いてはいなかった。
「寝台を占領してすまんかったのう。そろそろ玉虚宮荷戻らねばならん」
「…そうか」
帰したくなかった。
予想が…あったから。
それでも、太公望は寝台を降り、扉のほうへ歩く。
「公主」
扉の前で足を止め、太公望は振り返る。
「わしは雪柳が好きだった。母親のように思っておった」
「………………………」
「もちろん、公主も好きだぞ。二人とも、わしの大切な者だ」
穏やかな笑み。
真っ直ぐな目。
「またな」
それだけ言うと、太公望は部屋を出ていく。

あの日から二日後、太公望が『封神計画』を発動させたと聞いた。
予想が当たってしまった。
あの子が言い残した『好き』の意味は、私とは別の感情であろう。
それでも、私は祈ろう。
私の中にいる雪柳と……。

『彼が…無事に帰らん事を…』

- 終 -

KAMIKAMII's COMMENT
煽さまから頂いた太公望・竜吉(竜吉→太公望かな)小説です。ありがとうございました!! 少し切なくなる竜吉公主の姿ですね。気づいてしまった方がよかったのか、気づかない方がよかったのか・・・さて、彼女の場合どちらでしょう。でも気づいてしまった以上、目をそらせる事なんてできません。甘く切ない気持ちを抱えたまま、彼女は祈っていくのでしょうね。ああ、それにしても太公望・・・そのシチュエーションで安らかに(?)ねるなぁぁぁぁっ!! うーん、彼女の気持ちに気づく日はくるのでしょうか(^_^;) ところでこの寝ている太公望の外見年齢はいったい、いくつでしょう?
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