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FROM
AKANE-sama
「無敵の彼女―天使の休息―」
「一度休憩にしましょう」
長棒を両手で構えた少女に、太師が言った。
少女は納得がいかないらしく、強く首を振る。
一つにまとめた黒髪が、その動作に合わせて揺れた。
「わらわはまだ平気じゃ。続けよう、聞仲」
「いけません。休息も稽古のうちです」
太師は、きっぱりと少女の言葉をはねつける。
一度言ったことは決して曲げないのが、この男だ。
だから、少女は不服そうな顔をしながらも、構えた棒を降ろした。
***
先日、殷の太師聞仲は、主君である紂王から、直々にある命を受けた。
いわく、「姫の武道の師になってくれ」と。
最初、聞仲は何とかしてその件を断ろうとした。
が、諸処の事情により引き受けざるをえなくなったのである。
閑話休題(それはさておき)。
命を受け、聞太師は考えた。
さすがに、姫君に体術の稽古をつけるわけにはいかない。
思案の末、聞仲は、姫に棒術を教えることに決めた。
今日はその一日目である。
「稽古というのは、汗をかくものじゃな・・・」
姫は言いながら、自分の額に滲んだ汗に触れた。
今まで、姫の指南役を任された者たちは1日ともたなかった。
ものの10分も経たないうちに、のされてしまうのだ。
だから、姫がまともな稽古をしたのは、今日が初めてだった。
季節は初夏。
午前中とはいえ、汗をかく程運動すれば当然暑い。
無意識に涼しい場所を探す黒い瞳に、木陰が映った。
長棒を片手に、すぐさま少女は樹に走り寄る。
聞仲もその後に従い、木陰に足を踏みいれた。
姫は、棒を木の幹に立てかけると、ちょこんと木陰に座りこむ。
木の幹に背中を持たせかけて、足を投げ出すようにして楽な姿勢をとった。
思った通り、木陰は涼しかった。
気温が低いし、生い茂った緑の葉が陽射しから守ってくれる。
暑さから逃れてほっと息をついた姫の肩に、大きな手が衣を掛けた。
「羽織ってください。風邪をひかれます」
「このままの方が気持ちが良いぞ?」
「いけません」
「・・・わかった、着る」
生真面目な顔で言われて、姫はしぶしぶ衣に腕を通す。
聞仲はそれを見届けてから、姫のかたわらに腰をおろした。
本当は、彼はまったくと言っていいほど疲れていなかった。
が、休息を提案した手前がある。
姫は、座ってもなお高い位置にある太師の顔を見上げた。
「のう、聞仲。わらわは強いのか?」
大きな黒い目が、真っ直ぐに問いかける。
不意の質問に、聞仲は一瞬答えにつまる。
のぞきこむように見上げてくる目は、意外と真剣だった。
だから、少し考えてから、正直な答えを口にする。
「・・・お強いです。しっかり稽古なされば、もっと強くなられるでしょう」
「そうか。ならば、わらわは頑張るぞ!」
聞仲の答えに、姫は満足そうに笑う。
褒められたのが、認められたのが嬉しかったから。
姫の無邪気な言葉に、太師は複雑な顔をする。
優秀な生徒を教えるのは、正直嫌ではない。むしろ、楽しい。
が、この姫が誰にも負けないほど強くなるというのも・・・、考えものだ。
(天然道士の力の使い方さえ学んでくだされば、それでいいのだが・・・)
そんな聞仲の心中など露ほども知らず、姫は笑顔で嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「稽古というのは面白くて、気持ちの良いものじゃな。わらわは知らなかったぞ」
木陰のひんやりとした空気に汗が引いていく。
前方に視線を移し、なんとなく目を閉じる。
穏やかに過ぎていく風を肌で感じて。
「色んな音がするのじゃな」
風、木、草、鳥。
深く息を吸い込めば、緑と風の香りがした。
心地が良い。
汗をかくほど武術の鍛錬にのぞんだのは初めてで。
新しい発見に嬉しくなる。
緩い初夏の風に揺れる、色の薄い髪と黒髪。
頭上からは、さやさやという葉擦れの音が、光の欠片と共に降ってくる。
何かの美しい模様のように、落ちてくる光。
姫は、いつもよく動く黒い瞳を閉じて、自然の音に耳を傾けている。
普段、非常に賑やかな少女だけに、太師は意外な思いがした。
思わず、自分の肩よりも下にある姫の顔を見下ろす。
なにやら幸福そうなその表情に、太師は安堵を覚える。
幸せを形にしたら、こんなふうになるのだろうと思える表情。
しかし、じっと見ているのも失礼にあたると思い、聞仲は視線を外した。
自然、視線は前に向く。
穏やかな沈黙の時間。
姫と、こうした静かな時間を過ごすのは珍しかった。
が、悪い気もしないので、聞仲は何も言わなかった。
***
ふと、左腕に重みを感じた。
驚いて、視線を少女に向ける。
「姫?」
返事はなかった。
かわりに聞こえたのは、小さな寝息。
姫君は、聞仲の腕にもたれて眠っていた。
「・・・!」
まだ幼いとはいえ、仮にも相手は姫君である。
聞仲は慌ててみじろぐ。
その拍子に、姫の体がずり落ちた。
少女の小さな頭は、太師の膝にぽてんと落ちてきた。
「・・・!!」
「・・・・・・うーん・・・」
初めてまともにした稽古に疲れたのか、姫君が目を覚ます気配は全くない。
それどころか、眠りやすいように、無意識に体勢をかえている。
偶然とはいえ、膝枕をする格好になっている聞太師。
表情は、目を見開いた程度しか変わっていないが、内心ではかなり慌てている。
「姫・・・」
思わず、呼びかけてみるが反応はない。
無防備なあどけない寝顔で、すっかり眠りこけている。
無邪気に眠りを貪る姫をどうするべきか、聞仲は真剣に迷った。
起こしたほうがいいだろう、とまず思った。
同時に、少女の幸せそうな寝顔に、起こすのは気がひけた。
だが、やはりこの状況はまずい。
相手は姫君で、自分は太師なのだ。
教え子と教師という立場でもあるが、その事実が変わるわけでもない。
起こすべきか、起こさぬべきか。
「・・・どうしたものか・・・」
それから姫が自然に目を覚ますまで、聞仲は無表情をはりつけたまま、延々と悩み
つづけた。
後日、武成王がその光景を見ていたことが判明した。
が、それはまた別のお話。
- 終 -
作者コメント>
え、とお見舞いなんですが。
っていうか、かみか様と伊勢様のネタの続き・・・(あわわわわ)。
聞太師と姫、武術のお稽古休憩時間編(長い)。聞仲は休憩になってない(笑)。
だってあまりにも素敵なレスだったんですものっ(言い訳・・・)。
賈氏の後ろに隠れる飛虎が・・・(^^)。
あんな2メートルもある人が(絶対あると思う・・・)、
どーやったら小柄な賈氏さんの後ろに隠れられるのだろう(笑)。
なにやらほのぼのとしております。
太師がヒスを起こすこともなく(笑)。
飛虎が出てこない所為かしら。
まあ、なんか悩んでるけど、幸せな悩みですし・・・(多分)。
どうか、元気になってくださいねっ(悪化したらどうしよう・・・)。
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