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FROM
AKANE-sama
「無敵の彼女 ―約300歳の太師の憂鬱―」
「なんだ、どうかしたのか?聞仲」
言ったのは、武成王黄飛虎。
場所は、太師府内の聞仲の執務室。
2人は卓を挟んで、向かい合って座っている。
議題は、先日の軍事演習について。
聞仲は、卓上の竹簡から顔をあげた。
「何がだ?」
「何って、おめえ、さっきから時計見てため息ばっかついてるじゃねえか」
「・・・そうか?」
内心ぎくりとしながら、聞仲はなんでもない風を装い、竹簡に視線を戻す。
卓上の小さな置き時計は、もうすぐ1時を報せようとしている。
(まずいな・・・)
時間が、あまりない。
「なんか、あんのか?」
親友の常とは違う様子に、武成王は怪訝な顔をする。
「いや、何もない。それよりも、飛虎。この騎馬部隊の項目だが・・・」
聞仲は、竹簡に目を落としたまま、話題を変える。
「あー、それな。今回編成をちょっと変えてみたんだけどな」
言いながら黄飛虎は、卓上に広げられた紙に略図を記していく。
「で、変えてみてわかったことが・・・」
その時。
「ぶんちゅう――――!!」
子供特有の高い声が、窓の外でした。
聞仲は、硬直した。
***
ひょこりと窓から小さな顔がのぞいた。
長い黒髪の小さな少女だ。
年の頃は、三つか四つ。
纏う衣は、上等な絹。
少女の突然の出現に、黄飛虎はまず驚いた。
それから、その顔に。
思わず、対面の太師を見る。
「おい、聞仲・・・」
太師は、無表情で固まっている。
実は、内心ものすごく焦っているのだが、あいにく(幸い)彼は心中が顔に出ない性質だった。
初めて見る親友の凍りついた姿に、黄飛虎はますます驚く。
「聞仲!来たぞ!」
少女は、大人たちの様子など意に介さず、にっこりと笑った。
それからよいしょと窓枠を乗り越える。
苦労して室内に降り立った少女は、てこてこ2人の足元までやってきた。
「おや久しいの。今日は武成王もおるのか」
まず、武成王を見上げて、一言。
それから、まだフリーズ状態の聞仲を見上げ、小首を傾げる。
「どうしたのじゃ、聞仲?わらわが来たぞ?」
「・・・・・・・・・琴の稽古はどうされました?」
ようやく、聞仲は解凍された。
「明氏が体を壊しての。教師がおらぬのでは稽古にならんから、今日はお休みじゃ。おかげでいつもよりはよう遊びに来れて、わらわは嬉しいぞ」
「・・・そうですか」
(何故こんな時に・・・)
聞仲は心の中で舌打ちした。
「おいおい、聞仲」
驚いた顔のまま、黄飛虎が問う。
「こりゃ一体どうなってんだ?なんで姫が太師府に来るんだ?」
「いや、飛虎。それはだな」
弁解を始めようとする太師の言葉を遮り、明瞭な少女の声が答える。
「うむ、それはの、聞仲と遊ぶからじゃ!」
黄飛虎は、思わず太師と姫君を見比べた。
弁解に先を越された聞太師は、仏頂面で口を閉じている。
姫は、にこにこと嬉しそうだ。
黄飛虎は、親友の挙動不審の理由を正しく理解した。
そして、口元に浮かぶのは愉快げな笑み。
「ほお、遊ぶのですか。しかし、後宮をお出になられてよろしいのですか?」
「大丈夫じゃ。ちゃんと、父上にお許しをもらっておるぞ」
少女の返答は明快だった。
聞仲は、困ったような怒ったような奇妙な顔をしている。
「なるほど、紂王陛下ご公認というわけですな」
「そうじゃ」
姫は、武成王の言葉に深くうなずく。
そして、小さな手が聞仲の目の前に差し出された。
「さあ、聞仲遊ぼう!」
「・・・姫。私も武成王もまだ仕事が片付いておりません」
「そうか、ではここで待っておる」
「いや、しかし時間がかかると思いますから、一度後宮へ戻られた方が」
「いやじゃ、わらわはここにおる」
「姫・・・」
「・・・聞仲はわらわがいるといやか?」
「いや、そういうわけでは・・・」
「ならば良いではないか」
そう言って、にっこりと笑う姫。
聞仲は眉を寄せ、ため息を一つ落とす。
勝敗は決した。
観念して、少女の小さな身体を膝に抱き上げる。
姫君は、望み通りの展開にご満悦だ。
きゃらきゃら嬉しそうに笑うと、ぎゅうと聞仲の首に抱きついた。
聞太師は、殷の守護神と畏怖され、怜悧な男として知られている。
その彼が小さな少女に言い負かされ、困惑しているその構図に、黄飛虎はにやにや笑った。
「姫は、随分聞仲がお好きなのですな」
「うむ、大好きじゃ」
姫の返答は、明快かつ無邪気だ。
聞仲はその返答に額を押さえ、それからにやにや笑う親友を冷たい目で睨む。
が、無論黄飛虎は怯まない。
逆だ。
黄飛虎はさらに相好を崩すと、大口を開けて爆笑した。
(これだから、嫌だったのだ・・・)
姫はきょとんとし、聞仲は憮然とする。
「楽しそうだの、武成王」
「だっはっはっ、いやいや。仲が良ろしくて結構結構。羨ましいですな」
目に涙を浮かべて笑っている黄飛虎に、姫はまたしても無邪気に答える。
「うむ、わらわたちは仲良しじゃ」
聞仲は目眩がした。
***
結局、それから姫の夕餉の時刻まで、太師と武成王の仕事は中断した。
御年4歳の幼い姫君が、膝の上(ちなみに聞仲の)で大人しくしているなど、土台無理な話だ。
3分でじっとしているのに飽きて、卓上の竹簡やら書類やらをいじり始めた。
それでも、聞仲はなんとか気にせず仕事を続けようとしたのだが(黄飛虎はにやにや可笑しそうに笑っていた)、そこで好奇心旺盛な姫君の質問攻撃が始まった。
卓上の地図に興味を示して、あれこれ聞仲に尋ね始めたのだ。
厳格な教育係歴約300年の聞太師も、王太子でもない姫君相手では勝手が違うらしい。
出来る限り柔らかい言葉で諭してみるが、姫には一向に効果はない。
無邪気な笑顔に撃退されるだけだ。
加えて、黄飛虎は「いいじゃねえか、ちょっとくらい」の一言で鷹揚に片付けてしまい、仕事はあっさりあきらめて姫の相手を始めた。
聞仲は黄飛虎に怒鳴りたいのをこらえながら、仕事の継続をあきらめた。
茜色の光が差す頃。
姫付きの女官が出迎えに来て、ようやく姫君は後宮に戻った。
去り際に、姫は振り返ってこう言った。
「また明日も来るぞ、聞仲!」
笑顔で宣言する少女に、聞仲はこう答えるしかない。
「・・・はい」
その後ろでは、黄飛虎が腹を抱えて爆笑していた。
「いてーな。お前本気で殴っただろ」
姫の姿が廊下の端に消えてから、聞仲に殴られた黄飛虎が言った。
「当たり前だ!お前まで姫と一緒になって遊んでどうする!」
「いいじゃねえか。あんなにお前と遊ぶの楽しみにしてらっしゃるのに、無下にしたらお可哀相だろ」
言いながら、後頭部をさする。
(まあ、おもしれえからだけどさ)
本音はこれだが、素直に言えばまた殴られる。
聞仲は、黄飛虎無視してさっさと席についた。
「席につけ。さっさと終わらせるぞ」
「わかったわかった。そう怒るなって」
はげるぞ、とつけ加えたら、時計が飛んで来た。
「いい加減にせんか馬鹿者!」
「わかったっ、俺が悪かったっっ!」
時計は壁に当たって、派手な音をたてて壊れた。
黄飛虎は、再び聞仲の正面に座った。
そして頬杖をついて、にやにやと笑う。
「しっかし、俺のいない間に面白いことになってたんだなあ」
頭の痛みと飛んできた時計は忘れたらしい。
ここ20日ほど、武成王である彼はは前述の演習のために朝歌を空けていたのである。
聞仲は、竹簡から顔もあげずに、ものすごくイヤそうな顔をしてみせる。
「面白いものか。姫がいると仕事にならん」
「そおかあ?」
明らかに信じていない様子で武成王は言う。
「おめえ、言ってるほどイヤそうには見えなかったぜ?」
「目が悪くなったのではないか、お前。・・・・・・とにかく、続きをするぞ」
いいかげん怒るのにも疲れたらしく、聞仲は取りあわない。
「へいへい」
黄飛虎は一つ肩をすくめると、手もとの書類に視線を落とした。
しかし、考えたのは別のこと。
(こいつは明日から楽しくなりそうだな)
翌日から、黄飛虎が何の用もないのに太師府をたずねる回数は増えた。
殷王朝に仕えて、約300年。
守護神とも謳われる太師 聞仲。
冷徹で有能な政治家として名高く、同時に歴代の王の教育係でもある殷の重鎮。
約300歳の太師の憂鬱は、まだ始まったばかりである。
- 終 -
作者コメント>
って、終わってない・・・(^^;)。
Web Drama風ギャグにしようかなとか思ってたのに、いつもと同じ書き方・・・。
ダメだ、私。もっと弾けたギャグにしようと思ったのにっっ。
最初、飛虎は姫の顔知らなくて「隠し子か?」って聞いてもらおうかと思ったんだけど、藤竜版なら知ってるかなと思って、やめました。
本当はこの時代、小さいとはいえ姫君が臣下の前にひょこひょこ顔出したとは思えないけど(笑)。妲己ちゃんは民衆の前に出たりしてるしなあ。いいかなと。
こんな変なものを送ってしまって、すいません―――っっ(汗)。
とりあえず、捨ててくださいかみかさんっ!
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