Secret Garden

【一頁】

雪の女王の吐息が、町に優しく降りかかって、雪がふわりふわりと舞い落ちてきた。
一人の少女がその雪をながめながら、白い息を吐き出した。
「また雪………。これではまたお帰りが遅くなってしまうわ」
残念そうにつぶやきながら、少女は昨夜ふった雪で白く染められた街道をてくてくと進んだ。見た目よりも動きやすさ・防寒重視の古びれた青いコートを着て、手には薬草の入ったかごをさげている。顔立ちは美人と呼ばれるには至らなかったが、利発さがあらわれている。
「おーい、邑羌!」
なじみのある声に呼びかけられて振り向くと、領主の息子が手をふりながら駆け寄ってきた。その姿を見て、邑羌は笑顔で応える。
「姫発さん、こんにちは」
姫発と呼ばれた、もこもこと暖かそうで小粋な毛皮のコートを羽織っているその長身の伊達男は、視線をかごに向けて、ぱっとそれを邑羌の手から奪った。
「もってやるよ。売りにいくんだろ?」
邑羌はありがとうございます、というと姫発と並んで歩き出した。姫発は領主の息子で、孤児の邑羌とは身分がまったく違う。けれど、姫発は身分を鼻にかけた事はなく街に出かけてはよく遊んでいた。(ちなみに女の子相手が多い) 邑羌が幼いころからなんだかんだと世話をやいてくれて仲がよかった。10歳も年の離れた姫発は、邑羌にとっては兄のような存在で、姫発も邑羌を妹のように可愛がっているのだが、時々姉と弟のようになっているのは知る人ぞ知る事だ。
「老子、まだ帰ってこないのか?」
「はい…もう帰ってくるとの事だったんですけど。ここのところ雪が多くふりましたし、多分それで遅れているんじゃないかと」
老子とは邑羌の育ての親である。両親を無くした幼い彼女を育ててくれた聖職者だ。普段は街の教会で邑羌と二人暮らしているが、よく教会の用事で呼び出されては留守にする。長い時で半年も帰ってこない事もあった。今回も雪がまだ降らない頃からでかけていたが、時々たよりが来るだけで帰ってこない。初秋にでかけてようやく帰れそうだとの手紙が来たのは、雪が降り始めてからだった。
「一人で寂しくないか? いつも言ってるけどさ、老子がいない間はうちに来いよ」
その言葉にありがたく思いながらも、邑羌は首を横にふった。
「庭や畑の手入れがありますから…それに老子が帰られた時に、きれいな家でお迎えしたいから」
「そっかぁ…ま、なんかあったら遠慮なく言えよ?」
兄貴風をふかせて姫発が、邑羌の額をこつんとこづく。
そうこうしているうちに、薬屋の前についた。扉を開けると暖炉で温められた空気が、冷えた肌を優しくくすぐった。なじみの有る薬の匂いがただよう。
「いらっしゃい。お、邑羌ちゃん。姫発ぼっちゃんも」
薬屋の初老の主が、笑顔で迎えてくれた。
「こんにちは、おじいさん」
「ぼっちゃんはいい加減やめてくれよなぁ。俺だってもう、26なんだぜ?」
頭をぽりぽりとかく姫発を、店主は闊達に笑う。
「すまんすまん、ぼっちゃん」
それをくすくすと笑いながら、邑羌は姫発からかごを受け取って、中身を店主に差し出した。
「頼まれていたものです。これでいいですか?」
その薬草は、邑羌が雪山から採取してきたものだ。中には雪をかきわけ大地を掘りおこして採取した根もある。いつもは雪山に薬草をつみにいったりはしない。けれど品不足ということで、どうしても、と頼まれた。
邑羌を引き取ってくれた教会は、貧乏ではないがさほど裕福でもない。そして老子は留守がちなものだから、必然的に邑羌が家計をやりくりする事になった。家計を支えるために邑羌は色々な事をしているが、薬草摘みもそのひとつだ。ちなみにこの街には教会は他にもあるので、老子が留守だからといって人々が困ることはない。
店主は差し出された薬草を検分する。
「ありがとよ。えーと、虎杖根、南天実、石蒜……そうじゃなあ…………うーん、できればもう少し欲しいな」
「足りないですか?」
「目下のところは足りるが、冬場の蓄えには足りんだろうなぁ」
邑羌たちの住むこの街は、比較的大きいのだが、山間部にあるため雪が積もると街はなかば外部と切り離された状態になる。食料にしろ、薬にしろ、何につけ蓄えは重要だった。
「おいおいじーさん、これって雪山で摘むんだろ?」
姫発が口を挟んだが店主もそれはわかっているため、頼むにしてもあまりごり押しはできない。けれど、やはりもう少しは欲しかった。困った顔をしている店主をみて邑羌は仕方ない、と頷いた。いつも親切な店主の頼みだ。
「わかりました。でも、探してみますが、お約束はできません……それでもいいですか?」
そう言うと店主は破顔した。
「助かるよ。そのかわり代金は弾むからな。さ、二人とも体が冷えているだろう。こっちにきて暖まるといい」
そう言って店主はガタガタと古びた椅子を2つ引っ張り出して来て暖炉のそばに置くと、二人のために生姜湯を出してくれた。生姜をすりつぶして熱湯を注いだものに、蜂蜜を加えたそれは甘くてのど越しもよく、身体を芯から温めてくれるので冬場にもっとも好まれる飲物の一つだ。店内には客がいなかったので、店主も暖炉のすぐそばに座ると話しだした。
「おまえさん達、今、村に妙な客人が来ているのを知っているか?」
「さぁ…特に何も聞きませんけど」
「俺も。妙って何が妙なんだ?」
姫発が生姜湯をずずずと飲みながら訊ねると、店主は自らの大部分が白くなった髪の毛を軽くひっぱった。
「私も一度だけ見かけたんだが、白い髪の少年でな。年は邑羌ちゃんより少ししたぐらいだと思うが、ここ数日の話だが、夕方近くになると料亭近くに現れるんだそうだ」
「若白髪かぁ?」
姫発がのんきな声を上げるが、店主はいたって真面目だった。
「見た所、髪を含めた全ての毛が真っ白だったのだ。眉もまつげもな。肌も驚くほど白い。しかも目の色は血のような赤だ」
「赤…ですか?」
邑羌が薄ら寒そうな声を上げたが無理もない。真っ白の髪に赤い目など、まるで物語に出てくる幽鬼のようではないか。
「不気味なのは姿だけではないぞ。その少年が買い求めているものは何だと思う?」
神妙な顔で話を切る店主に、話半分に聞いていた姫発の顔にも真剣な色が浮かぶ。
「血さ。人のな」
「血ぃ? 何にするんだそんなもん?」
「なんでも、医療の研究に使うとか言っているそうだがな……なにしろ少年の風体が風体だし、夜にしか姿を現さない。身なりは小綺麗で、純朴そうな少年だったがなぁ」
その少年は皆に気味悪がられているらしいが、それでも血をいい値段で買い取ってくれるとの事で、さほど邪険には扱われていないらしい。
「ふーん…吸血鬼みたいな奴だな」
「だとしたら、お金で血を買ってくれるんだから良心的な吸血鬼さんかも」
「違いない。ま、風体がかわっているだけで、悪い子ではなさそうだから問題ないだろうよ」
と、その話はそこまでとなって、別の話題にかわった。他愛のない話をなんだかんだとしていると、邑羌が生姜湯を飲み終えた頃に、風で窓が騒がしくガタガタとなった。邑羌がそちらに視線を向けると、窓の外は雪で白くなっていた。
「なんだか吹雪いてきましたね。姫発さん、酷くならないうちにそろそろ帰りましょ」
その言葉に姫発はわずかに残っていた生姜湯を、一気に最後まで胃袋に流し込んだ。
店主に生姜湯の礼を言って外にでると、二人のコートはすぐに白く染められていく。のんびりしていると、視界が悪くなって歩きにくくなるかもしれない……二人は足早に帰路についた。

 

- 続く -


 
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