千年の恋〜竜吉公主編〜

【五頁】

洞府についた頃にはもはや夕刻になっていた。玉鼎は突然訪れた私をあいかわらず迎えてくれたが、私の常ならね様子に、訝しんだ。
「さきほど燃燈を尋ねたが、謹慎中だと言い会ってくれぬ。理由も言わぬ。おぬし理由を知っておるか!?」
私が性急に尋ねると、玉鼎は少しの沈黙の後答えた。
「知っている。……まずは座りなさい」
いつものように落ち着いた声音だったが、私は落ち着いてなどいられなかった。
「何故謹慎しているのだ!! 燃燈は何をした!?」
「座りなさい」
けれど玉鼎は、すぐには答えずともかく私を落ち着かせようと椅子に座らせ、茶をいれてくれた。それをはやる気持ちを抑えて待っていると、ようやく玉鼎が正面に座った。
「本当は元始天尊様に口外するなと言われているのだが。昨日、燃燈が道士を傷つけてね。私が止めなければ、もう少しで殺すところだった」
やっと話しだしてくれたその内容だが、すぐには信じられなかった。けれど玉鼎が嘘をついているとも思えない。
「でも……何か、理由があったのだろう? 燃燈が理由もなくその様な事をするはずがない」
「理由はあったよ。やり過ぎたが」
なぜか遠回しで、なかなか話の核心にふれてくれない玉鼎に苛立って、思わず声を荒げた。
「玉鼎!! だから、燃燈はっ!!?」
しかし返ってきたのはまったく予想外の言葉だった。
「竜吉、自分の噂を知っているか?」
玉鼎が静かに、だけど真剣な目で見つめてくる。私はその噂に思いあたって、玉鼎の顔を正視する事ができず目をそらした。知っていたのか…と、唇をかんだ。噂好き、というのは天界も仙界もかわらなかった。今、仙界では私のもとを頻繁に訪れる天人たちの恋のさや当てが、噂の的になっていたのだ。中には私をふしだらな女だとそしるものもあった。それらは全てが真実でもなかったが、全てが偽りでもなかったのだ。-----------------そう、私はよりによって真剣な者達を利用しているのだから。燃燈への恋慕を忘れたいがために。
「………大体は知っておる。口さがない連中のひまつぶしの種にされているだけの事。気にはせぬ」
「燃燈は、そういうわけにもいかないようだったな。…………君は、いったい何を考えているんだ?」
非難を含んだ玉鼎の言葉が、胸に刺さる。
「世間で噂されているような事を、私は勿論信じてはいない。でも、君は誤解されるような事ばかりしている」
玉鼎を見ると、静かに私の顔を探るようにのぞき込んでいて、さらに私は動揺した。
「いいよる男はうわついたものから真剣なものまで星の数ほどいるが、君はそのどちらも拒絶しない」
「玉鼎」
何か言わなければ、と思うが何も言葉が浮かんでこない。
「でも受け入れる事もしない。つかみ所のない水のようだ。私達のつきあいは長いが、それだけがどうしてもわからない」
「私は」
「竜吉を友人だと思っている。だからずっと気になっていた」
そう言った玉鼎の顔には、気づかうような表情が浮かんでいた。
「自己嫌悪しているくせに、なぜ同じ事を繰り返す」
玉鼎はそんな事まで見抜いていたのか、と愕然とした。玉鼎の言う通りだった。確かに私は、男達の思いを利用しようとしたが、結局ふっきることなどできなかった。真剣な想いを利用して相手を傷つけても得るものはなにもなく、残ったのは罪悪感と自己嫌悪だけだった。けれども募る一方の想いに、少しの希望にすがることしかできなかった。もう、限界なのかもしれなかった。
机の上で握りしめている私の手の上に、玉鼎の手が重ねられた。
「君が心配なんだ。何を抱えているんだ? 私に話してくれないか…………力に、なりたいんだ。私では力になれないだろうか。例え及ばなくても、話をきくぐらいできるさ」
優しいその言葉に涙が出た。何もかも、玉鼎にうちあけてしまおうか………そうすれば少しは楽になれるのだろうか--------------------私はもう一方の手を、玉鼎が重ねたその手の上に重ねた。乱れた気持ちを押さえ込むように。
「ありがとう……だが言えぬ…言えないのだ、玉鼎」
「なぜ」
私は頭を振った。告白して、失うかもしれないものの大きさが恐くて、ぎりぎりのところで思いとどまった。玉鼎はさらにくいさがってきたが、私はうつむいて何も言う事はできなかった。頑なな私に、玉鼎もついにはあきらめた。
「わかった…もう訊かない。だけど話したくなかったら、いつでも私に言ってくれ。燃燈も君の事を心配していたよ」
燃燈も、という言葉に私はぎくりとして顔を上げた。燃燈はいったいどんな気持ちで私の噂を聞いていたのだろう。
「燃燈は…燃燈は、なんと?」
「姉が何かに苦しんでいるのに、力になれない事を悔しがっていた。君は、燃燈の前では特にそれを隠したがるから尋ねる事もできなかったが、あいつは気づいている。昨日、燃燈が殺しかけるほど怒った理由も…道士が、君のよからぬ噂をしていたからだ」
ようやく私は、燃燈が謹慎になった理由を知った。そしてその内容が泣きたくなるぐらい嬉しくて………意識するまもなく、それが表情に出てしまった。だが次の瞬間に、驚いた表情で固まった玉鼎に気づいた。
しまった…!!!
私はバッと立ち上がって、玉鼎の視線から逃れるように背を向ける。
「今日はありがとう。そしてすまなかった。もう、すっかり遅くなってしまった、帰ります…」
それだけやっとの事でいうと、逃げるように洞府を後にした。

 

 


一番知られたくない人に、見られてしまったその衝撃は大きかった。あの時思わず喜んでしまった顔を見て、鋭い玉鼎の事だ…気づいてしまったかもしれない。そう考えると不安で押しつぶされそうだった。それから一ヶ月近くの間、私は鳳凰山に閉じこもった。その間、だれが訪ねてきても会う事はなく、太乙ですら気分が優れぬから、と断った。しかし恐れていた玉鼎の訪れはなくて……来るのも、来ないのも、どちらも恐かった。
そんな時、求婚者の一人が私を訪ねてきた。お断りしましょうか、と弟子が心配そうに言ったが、その名を聞いて私は「いいえ」と答えた。案内されて入ってきた求婚者・洪錦は、天界での一番古くからの知りあいである。伯符の幼いころからの友人で、私も幼いころから見知っている。伯符とは仲の悪い私だったが、洪錦の事は嫌いではなく、その温和で優しい人柄にはむしろ好感を持っていた。今度会うときは、求婚の返事をする事になっていた。だから今日がその日。
「ここしばらく臥せっていたとお伺いしました。もうよろしいのですか?」
「大丈夫です----------------もともと、身体の病ではありませんから」
洪錦はふと首をかしげた。
「というと、何か気に病まれる事があった、と」
「ええ……」
「ひょっとして、私へのお返事ですか?」
「それも、あります」
正直に答えると、洪錦は私を見つめた。優しい目だ……どこか玉鼎に似ている。
「お返事を、聞かせていただいてもよろしいか?」
実をいうと洪錦だけは、その求婚を受けようかと考えた事もあった。だけど。
「-------------------申し訳ありません」
私が頭をさげると、洪錦はため息をついた。
「そうですか………なんとなく、わかっていましたが」
「え?」
頭を上げると、洪錦が寂しそうに笑っていた。
「あなたは昔、とても寂しそうだった。いつも独りぼっち…そんな感じで、私はずっとあなたの事が気になっていました。でもあなたが本当に笑顔を向けるのはお母上にだけで、私達の前ではそんな笑顔を向けて下さらなかった---------------伯符が、あなたの事を好きだったのを知っていましたか?」
突拍子もない話に私は驚いた。ご冗談を、と私は笑ったが、洪錦は首を横にふった。
「伯符は悔しかったのですよ。自分の方をみてくれないあなたの注意をひきつけたくて、嫌がらせばかりしていた。でもその裏で、あなたの悪口をいう者がいたら殴り飛ばしていた。あの頃は、年相応に子供だったのですね」
「まさか…だって、昔も今も…」
ぼう然とつぶやく私に、洪錦は少し笑った。
「そう、昔も今も一緒ですよ。彼はずっと追放されたあなたの事を気にかけていた。彼にとっては仙人界で暮らしているあなたが不憫でならなかった。だから陛下に、あなたを許してもらえるよう何度も願っていた。そしてついに陛下はあなたを迎えにいくよう、伯符に命じられた。あなたがそれを望むなら、連れ帰るようにと。陛下は伯符に『頼む』と言われたそうです」
伯符が鳳凰山を訪れた時、同じような事を言っていたが、私は耳を傾けなかった。
「陛下と伯符と、親子で同じ不器用なところがあおりですね。だがあなたは望まなかった。伯符はそれでもやはりあきらめきれず、もう一度迎えに行った…あなたの弟御の昇仙式の日です。その時あなたは皆とそれは楽しそうに笑っていて、悔しかったと漏らしていました。その笑顔を自分には決して向けてはくれないのだろうと……そうして伯符が半ばやけ酒をあおってあなたの話をしていたら、それを聞いた者達があなたの噂をするようになったのです」
信じられなかった。でも、洪錦がそんな嘘をつくとも思えず、なんといっていいかわからなくて黙っているしかできなかった。
「私も久し振りにあなたに会った時、驚きました。雰囲気が昔と比べて随分柔らかくなって、そして輝くばかりに美しくなっておいでだ。----------------想われる方が、いらっしゃるのではありませんか?」
「………はい」
なぜか私は素直に答えた。そうしなければいけない気がした。
「やはり、そうでしたか………。あなたは私と話していても時々遠い目をされる事があった…そんな気がしていました。それでも求婚するなんて、私も往生際の悪い男ですね」
「そんな…。私の方こそ、きっと往生際が悪いんです」
洪錦は私の言葉に首をかしげたが、何も訊いてはこなかった。
「これ以上ここにいたら、未練が残りそうです。……私はこれで失礼させて頂きます-------------どうぞお元気で」
最後にもう一度だけ笑顔を残して、洪錦は踵を返した。私はその後姿を複雑な気持ちで見送った。その洪錦が帰るのと入れ違いで、弟子が来客を告げた。………………玉鼎だった。
私は入ってもらうようにと告げ、彼が来るわずかの時間の間にぼんやりと考えた。
昔、確かに自分をとりまく環境は華やかなようでいて、決してぬるまゆくはなかった。風当たりが強い中で生きて、泣いてたまるか、負けてたまるかと肩ひじをはって生きていた。あの時はそうする事でしか、自分をそして母を守れなかった。けれどもそれによって、少しの、あるいは多くのものを失っていたのかもしれない。その思いが、私に決心をさせた
--------------------------玉鼎に何もかも打ち明けてみよう。
愚かな女だと思われても仕方ない。自分自身に愛想がつきそうになっている私なのだから。こんな道に外れた気持ちを理解してもらおうとは思わない。だけど、どうせあきれられるなら、全てを知って欲しいと思った。そしてもう、男達を利用するのはやめるのだ。これ以上愚かな女になりたくなかった。そしてこれ以上みじめな気持ちで、玉鼎に向き合うのが嫌だったから。
「竜吉」
声をかけられて振り向くと、玉鼎が立っていた。私は少し微笑んで席をすすめた。腰をおろした玉鼎に、茶を入れた。
「とてもおいしいよ。新茶だな」
「太乙がくれたのだ。今年の茶の出来栄えはよいらしいな」
「ふむ……私も太乙に分けてもらうか」
「それで、今日は何の用で? おぬしが訪ねてくるという事は何か話があるのだろう?」
私はもう覚悟を決めていた。静かに玉鼎と向き合って尋ねると、燃燈の謹慎が解けた事を教えられた。
私は安堵のため息をもらした。
「そうか、よかった。…………………玉鼎」
「何だい?」
「何も言わぬのか? 今、彼とすれ違っただろう」
「訊いてもいいのか」
玉鼎の言葉に、私は笑顔と涙が浮かんだ。訊きたい事が山とあるだろうに、私が言い出すまで待ってくれる気なのだ。その優しさが嬉しかった。彼になら、全部言えると思う。今はもう肩ひじはっていなくてもよいのだ、受け入れてくれるのではないか、そう思った。
「もう気づいているだろう…………。私が、燃燈を男として見てる事に」
私が突然核心をついて話したので、玉鼎も驚いた。
「竜吉……」
「おぬしと燃燈にだけは知られたくなかった。実の弟に懸想するなどと、汚らわしく愚かな本性を知られたくなかった。あきれられても仕方ない」
「やめなさい。私は、そんな風には思わないよ」
洪錦は私がかわったと言った。こんなふうに変えてくれたのは燃燈と、そして間違いなくこの玉鼎だ。
「…………この間、おぬしは訊いたな。なぜ男達を拒絶しないのだと」
「ああ」
「何度も、何度も私は自分に、燃燈は弟なのだといいきかせようとしたがだめなのだ。どうしても思いきる事ができぬ。だから…だから……忘れたくて、私に近づいてくる者たちに頼ろうとしてしまう。だけど、最後の最後でどうしてもだめ。他の誰かといても、気がつけば燃燈を思っている。燃燈の事しか考えられない。私はどうすればいい!? どうしたら思いきる事ができる!?」
ずっと一人心の中にためこんでいたものを吐き出して、それと同時に涙も溢れ頬を伝った。
「こんな私の気持ちを知ったら、燃燈は潔癖だから、きっと私から遠ざかってしまう。汚らわしい女だと軽べつされるかもしれない。それがどうしようもなく恐い」
一気に全てを告白して、玉鼎を見つめる。玉鼎は何も言わず私を無言で見つめ返している。
「でも気持ちを押さえる事ができない。玉鼎お願い、助けて…………私には、もうどうしたらいいかわからない」
玉鼎は私の告白を全て聞いて、一度瞼を閉じた後ですっと席をたった。そして私の側に来ると、優しく肩を抱きしめてくれた。
「忘れるんだ。がんばって忘れるんだ。それしかない。つらければ、私になんでも言え。君が忘れられるなら何でもしよう。だから泣くな…………」
「玉鼎………」
私は顔を両手で覆って泣いた。どうしようもなく恋い慕う切なく哀しい思いと、それを受け入れてくれた喜びに、もう涙がとまらなかった。私はまるでそれしか言葉を知らないように何度も「ありがとう」としか言えなかった。
そんな私の側に、玉鼎はだまってついてくれていたが、ようやく私がおちついた頃、口を開いた。
「私は、これから謹慎のとけた燃燈に会いに行くが、一緒に来るかい?」
そう尋ねられて、私は戸惑った。心乱れたばかりの不安定な状態で燃燈に会うのは勇気がいった。けれど、いつもの私ならまっさきに燃燈のところに駆けつけるだろう。それは燃燈もわかっているはずだ。なのに行かなければまた燃燈に心配をかけてしまうかもしれない。また、もともと燃燈が謹慎をうけたのは私のせいなのだ。行かないわけにはいかなかった。ならば二人きりで会う事はさけたかったので、今思いきって玉鼎と一緒に行くことにした。

 

玉鼎と連れ立って燃燈の洞府を訪れると、ちょうど玉虚宮から帰ってきた燃燈と出会った。最後に会ってから一ヶ月しかたっていないのに、もっと経っているような気がする。
「玉鼎、姉様……二人とも、来てくれたのか」
「馬鹿者め。無茶するからだ」
燃燈は苦笑で答えた。そして横に立つ私に視線を向けて、はっと目を見張る。
「燃燈、玉鼎から詳しくきいた、というかききだしたのだが。謹慎の理由は私のせいだと……すまぬ」
頭を下げた私の手を燃燈が優しく取った。
「いや、私が大人げなかっただけです。…………姉様? 目が赤い。泣いて、いたのか?」
燃燈が心配げに私と玉鼎を交互に見ので、玉鼎が助け船を出してくれた。
「さっき目に埃がはいったと、こすっていたからそのせいさ」
「そうか。こんな所で立ち話もなんだ。さあ中に入ってくれ」
燃燈が私達を洞府に招いたが私は首を横に振った。やはり今日は、燃燈と顔を合わせるのがつらかったから。
「私は用事があるから……今日は、様子を見に来て、謝りにきただけ。今度また」
「そうですか………。では、次の安息日におうかがいします」
その言葉に、私はできるだけ平静に見えるようににっこり笑って応えた。そして玉鼎を残して、鳳凰山に帰った。

 

それからしばらくの間。あいもかわらずたくさんの訪れがあったが、私はその全ての求愛も求婚も、全てを断っていった。そうこうするうちに訪れも減っていき、私の周囲もすっかり静かになっていた。
私はというと玉鼎に告白したからといって、燃燈への気持ちが薄らいだという事はまったくなかったが、それでも以前に比べると随分と気持ちが落ち着いていた。忘れるか、ふっきるしかないという事は解っている。玉鼎は心配して私の気をまぎらわしてくれようとするし、太乙もここのところ元気の無かった私に気づいて、なんだかんだと訪れては私を楽しませてくれた。
そんなある日の事だ。玉虚宮の方からすざましい霊力のぶつかりあいを感じた。その一つは間違いなく燃燈のもので……そして、もう一つはそれと互角以上の力をもった力-------------元始天尊!?
まさか、と思い私は玉虚宮に飛んだ。そしてあともう少しで玉虚宮というところで、霊力の壁に行く手を阻まれた。どうしても先に進む事ができず目をこらすと、透明な霊力の壁の向こう側で燃燈と元始天尊が激しく戦っているのが見えた。私は何がなんだかわからず、とにかく二人を止めようと霊力の壁に手を当てた時、その波動がなじみの有るものだとはじめて気がついた。
「燃燈…?」
それは間違いなく、燃燈の霊力によって作られた壁だった。どういうことだろう。私に、邪魔をするなという事か?
しかし、その壁はとっさに作られたものとは思えなかった。丹念に、丁寧に霊力をおりこみながら作られた、それがある気配をたくみに消した壁だ。どう考えても何日もかけて作ったもののように思える。まるであらかじめ作られたように。脳裏に、以前聞いた事のある計画の名前が閃いた。
私は、その壁を通り抜ける事をあきらめた。そして燃燈と元始天尊の闘いを静かに見守った。

 

---------長い時間がたって、ついに勝敗が決した。燃燈が元始天尊の力にはじき飛ばされた。そして私のいるすぐ側を全身朱にそまった燃燈が落下して行く。
燃燈がふと、私の方に顔を向けた。表情が確認できたのはわずかに一瞬。だけど確かに、燃燈は笑っていた。

 

もう燃燈の姿が見えなくなって、ようやくその壁が消えた。あれほど強固だった壁は、見事なまでに痕跡を残さず霧散したのだ。だが私は燃燈を追いかける事はしなかった。そのかわり玉虚宮に向かった。その入り口で玉鼎が一人、私を迎えるように立っている。私は玉鼎の名を呼んで駆け寄った。
「燃燈が落ちていった」
「ああ……でもあれは」
私は少し微笑んで、玉鼎の言葉を遮って言った。
「わかっておる。燃燈は何もいわなかったけど……落ちていく間際、私を安心させるように笑っていたから。しばらくは、帰ってこないのだろうな。私には、丁度よかったのかもしれない。でも…………」
燃燈は何も言ってはくれなかった。きっと言えなかったのだろう。ほほ笑みを残したのは、きっと燃燈なりの精一杯。わかっていたけれど寂しくて、そしてこれから長い間会えなくなるのも悟っていたので、たまらなく悲しかった。言葉をつぐんだ私に、玉鼎が優しく言った。
「泣きたいのなら、泣けばいい。私の前では隠す必用もないだろう」
本当に、どうして私は燃燈を愛してしまったのだろう。玉鼎に魅かれれたのならば、何も問題もなかったのに。けれども私の気持ちはどこまでもまっすぐに、燃燈を追いかけていた。浮かんできた涙を隠したくて、私は玉鼎の広い胸にこつん、と頭をよせた。逞しくてあたたかい腕が、そっと私をまるで子供のように抱きしめてなぐさめてくれた。
「君は泣いてばかりいるな」
そう言いながらも、その声はどこまでも優しかった。
「おぬしが、泣いてもいいと言った」
私がわざとすねたように言うと、玉鼎は少し笑って「そうだな」と応えた。

 

燃燈とは何も知らず突然に出会った。そして別れも突然だった。けれど、きっといつか帰ってきてあの力強く、優しい声で「姉様」と呼んでくれるだろう。私はそれまでにこの想いをふっきろう。玉鼎達がいてくれるのだ、きっとできるはずだ。そして私は、いつか帰ってきた燃燈を笑って迎えるのだ。


- 終 -

 
KAMIKAMII's COMMENT
竜吉公主編やっとこさ終了です。なっ長い話でしたな〜(^_^;) 自分の予想を遥かにこえて途中からかなりあせりました。締切の関係上、書きたかったエピソードをはしょったら伯符とその友人のあたりのエピソードが弱くなってしまった。アイタタタ(-_-;) 心残りありまくりなので、燃燈道人編で伯符のエピソードを絡めて掘り下げたいですが、どうなる事やら不安いっぱい…自分自身の構成力強化をはかりたいです、はい。でも掲示板連載小説ってある意味行き当たりばったりだからな〜(^_^;) 燃燈道人編で、三人のとある秘密が暴露される予定ーv ええ伏線ばっかり張ってますよ私…。
 
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