千年の恋〜竜吉公主編〜

【四頁】

昇仙式からしばらくたったある日、鳳凰山に太乙真人の訪問をうけた。
「太乙真人。まあ、その荷物はどうしたのじゃ」
顔を合わせると「や!」と、手を上げた太乙の背中には大きな荷物をひっさげていた。
「宝貝づくりに必要な道具」
何が入っているのか、どっこいしょとおろされた荷物は、がちゃがちゃっと音をたてた。
「これなら私が乾元山に行った方がよかったのでは…」
「適性を調べるには普段と同じ環境にいる方がいいからね。まあそのうち、うちにも来てもらう事になるけど」
色々と話を聞きながら私は太乙に茶をすすめたが、太乙はそれを一口すすると"おや?"という顔をした。
「君のところでもこのお茶飲んでるんだ」
「ああこれは、玉鼎からおすそ分けでもらったのじゃ」
「なぁんだ。じゃあ、私のところのお茶だ。私達は茶道楽でね。いいお茶が手に入ったらいつもやりとりしてるんだ。これもきっと私が玉鼎にあげたやつだよ。今度からいいのが入ったら君にもおすそわけするよ」
「それは嬉しい、ありがとう。そういえば玉鼎とは茶飲み友達とか」
「うん。茶が趣味だなんて、玉鼎ってああ見えて、意外にじじむさいよね〜」
なら太乙はどうなのだと、私はぷっと吹き出した。
そんなふうになんだかんだと話しながら、私達は仲良くなっていった。燃燈は聞いていた通り、昇仙式が過ぎてもしばらく忙しいままだったので、太乙との宝貝づくりはいい気晴らしになり、また新しい発見の連続でとても楽しかった。自らを「宝貝おたく」というだけあって太乙の宝貝作りにかける情熱は素晴らしいものがあり、真剣にそして目を輝かせて楽しそうに没頭する太乙を見ていると、小さかったころの燃燈を思いだす。まだ燃燈が道士になりたてのころ、修業について語ってくれた燃燈はこんなふうだった。なんだか懐かしくなりながら、そしてつい何でも燃燈につなげて考えてしまう自分に、ひっそりと苦笑するのだった。
宝貝作りは一日やそこらでできるものではなく、太乙の訪問はしばらく続いた。その日も訪問をつげる呼び鈴がなって、私は扉をあけた。
「いらっしゃい、太乙……あ!」
太乙だと思い込んで扉をあけると、燃燈だったので驚いた。
「燃燈、よく来たな。今日は安息日ではないのに、めずらしい」
久々に来た燃燈を私は満面の笑みで迎えたのだが、燃燈の様子が少しおかしかった。いつもならほほ笑みかえしてくれるのに。
「どうしたのじゃ?」
「--------太乙?」
「ああ、ほら。太乙が宝貝を作ってくれると言っていただろう? 約束どおり今一緒に作っているじゃ。最近宝貝づくりに熱中していてな」
私は燃燈を屋内に招き入れた。部屋の済みにある宝貝作りの残骸を見て、燃燈が尋ねた。
「どんなものを作っているんですか?」
「水の宝貝。太乙真人はすばらしい匠だな…見ていてほれぼれする腕前じゃ。私の考えつかないような事を次から次へと考えつく。毎日、次は何をするのかと楽しみで」
太乙は時には妙案を、時には珍案を考え出して、自分をを楽しませる。もっとも本人は、宝貝作りに関しては非常に真面目なのだが、見ているとおもしろい、といっては失礼だろうか。
「太乙真人と仲良くなられたのですね」
「うむ。楽しい方じゃ、太乙は」
太乙とは、すっかり砕けて話のできる友人になっていた。そしてその友人がつい二日前、水を凝縮させようとして失敗し、濡れ鼠になったのを思いだして笑った。
「姉様………実は今日はお話があってきました」
「ん?」
燃燈の顔を見ると、何やら真剣で固い顔をしている。いったい何だろうと首をかしげると、燃燈は意外な事を口にした。
「弟子を、とられる気はありませんか?」
思い掛けない話に私は驚いた。今まで、そんな事は話題にのぼった事もなかったのに。どうして、と尋ねると燃燈はつぶやくように言った。
「私は…仙人になってこれからは、今までのようにこちらへ頻繁にくる事はできなくなりました。だからその-------------------弟子を取られたならば、私も少しは安心できますので。弟子をとっていただきたいのです」
今までのようにこられなくなった、というのはちくりと私の胸をさしたが、それ以上に燃燈が何を気にしているのかが気になった。ひょっとして、太乙の事を妙なふうに誤解しているのだろうか。
「それは、太乙の事を言っているのか? 太乙とは何でもないぞ? 彼は別に…」
「けれど男です!」
私の言葉をさえぎるように、燃燈が鋭く言った。しかし、次の瞬間はっとして顔を背けた。
「あ…いえ、太乙真人を疑っているわけではありません。でも、姉様は女性です。常にお一人でいるというのは………伯符様の例もありますし、ですから。元始天尊さまも姉様が弟子を取られたいのなら、構わないとおっしゃってくださいました」
私はその言葉に微笑んだ。燃燈が私を女性として心配してくれている、というのは妙に嬉しかった。無論、燃燈は弟として心配しているのだろうけれども。
その時は、考えておく、とだけ返事をした。気持ちは嬉しいけれど、弟子を取るという事にあまりピンとこなかったからだ。だがしばらくして、燃燈が危惧するような事が起こってしまった。突然、天人が鳳凰山を訪れたのだ。
「ご無沙汰しております、竜吉公主。ご機嫌麗しくなによりです。先触れもせず、急な訪問をお許し願いたい」
その男は昔天界にいたころ、なんだかんだといいよってきていた男だった。にこにこと媚びるような笑みをうかべる男の名前は名乗られて思いだしたが、どこのだれだったかまで覚えておらず、思いだそうと四苦八苦していたのでご機嫌はあまりよろしくなかった。けれども伯符との事があったので、何かあっては面倒だと無理やり笑顔を作り、努めて平静に相手をする事にした。
「お久しぶりですね。このようなみすぼらしい所でお恥ずかしい。急のお越しにろくなおもてなしもできず、申し訳ございません」
「いいえ、こちらこそ突然で申し訳ない。崑崙の近くまで来たものですから、思い立ちましてね。伯符様から色々聞いていたものですから、ぜひともお会いしたくなりまして」
私は笑顔を残したまま、ぴくりとこめかみが動いたが、男は気がつかない。
「お兄様が、何か?」
男は何が嬉しいのか、にこにこと笑顔を浮かべながら答えた。
「先日、伯符様と宴でお話しする機会に恵まれましてね。その時、あなたの事を伺ったのです。伯符様があなたにお会いした時、まるでお母上に勝るほどの美しさになられたと聞きまして。伯符様は辛口で知られるお方、そのお方が手放しで賛辞される……これはぜひともお会いしたいと願った次第です。いやはや、まさしくまさしく」
その言葉に、私は思いきり舌打ちしたい気分だった。男が並べる美辞麗句はもう聞こえなかった。伯符も余計な事をしてくれたものだ。これは意趣返しのつもりだろうか。この男は宴で聞いた、と言っていたがこの男だけだろうか。それとも……
「竜吉公主? いかがされましたか?」
黙り込んだ私に気づいて、男が尋ねてきたのであわててとりつくろう。
「いえ……あなたも、お兄様もお世辞が上手くなられた」
そう言うと、男はとんでもないと頭をふった。
「お世辞なものですか。心から思った事を言っているだけです。昔からお美しかったが、今のあなたはまるで美しい花が薫りたつようだ」
そういって眩しいものを見るように私を見つめてきたので、私はなんだか居心地が悪かった。なんと応じたものかと思案していると、ふいに男が真剣な顔で問い掛けてきた。
「竜吉公主、崑崙での暮らしはいかがですか? 田舎者の仙人たちに囲まれて、不便や不快を感じられているのではありませんか」
嫌な予感がよぎった。
「いいえ、とんでもありません。親切な方ばかりで、ここでの生活もとても楽しいものです」
「そうですか、ならばよいのですが------------------もし、何かお困りの事があれば、いつでも私にお申し付け下さい」
私は礼を述べながら心の中ではまったく反対の事を考えていた。結局その日は口実をつけて早々にお引き取り願ったが………私の嫌な予感は的中した。この男を皮切りに、色んな天人が訪れてくるようになったのだ。見知ったものから、会ったことのなかったものまで。そして中には仙人も混じっていた。
天人の中には昔を懐かしんで来るものもいたが、大抵は口説こうとするものばかりで、中には訪問を重ねついには求婚すらしてくるものまでいた。昔はこんな男達にどうしたらいいかわからず、あやふやに流したり適当に相手をする事しかできなかったが、今はなんとか昔よりはましに応じる事ができた。だが辟易しうんざりしたので、相手が急な訪れでやってきた場合などは、玉鼎のところへ…そしてたまに太乙のところに口実をつけて逃げ込んだ。彼らはいつでも笑顔で迎えてくれたのが嬉しかったが、天人たちとの間の問題に巻き込みたくなかったので何も話さなかった。二人のところにはそんなふうに訪れる事が多くなったのだが、燃燈のところにはほとんど行けなかった。二人のところには弟子が今現在おらず、燃燈のところには弟子がいて、その修業の邪魔をしてはいけないと思うというのも理由の一つだったが、いいよられている事を万が一でも燃燈に知られるのが嫌だったし、ますます思いがつのりそうだったからだ。
いいよってくる天人達は、その全てが忌避するような者たちばかりではなかった。真剣に愛をささやいてくる者も確かにいた。けれど、私はささやかれる言葉を聞くと、どうしても燃燈の事を考えてしまい哀しくなるのだ。報われない相手に愛情を抱く相手に自分を重ねていたり、この言葉をささやくのが燃燈だったら、と思い。燃燈への恋慕を忘れようと、忘れたいと願っているのに、逆にかりたてる男達。苦しかった、とても。けれど誰にも相談する事もできずそんな事が続いて……私も、疲れていたのかもしれない。だから考えてしまった。

真剣な熱い眼差しを送ってくる男達---------------------ひょっとしたら、その手をとる事ができたなら、私は楽になる事ができるのではないだろうか、と。歯車がひとつ、狂った瞬間だった。

 


私は、結局燃燈の言っていたように、弟子をとるようになった。機転がきいて、よく働く少女だった。もともとは男達と二人きりになるのを防ぐためにとった弟子だったが、これが意外に助けとなった。どうしても嫌なしつこい男を居留守を使い、容易に門前払いする事ができるようになったのだ。そして、少女は私を師として、また時には姉のように慕ってくれたのが、心の支えになった。
燃燈は以前のように頻繁に訪れる事はなくなったが、友人や弟子のおかげでさほど寂しい思いをせずに済んだ。燃燈はといえば、仙人になってからますます修業に精を出していた。何がそんなにかりたてるのだろうと、不思議な程だ。飛焔剣を手にした燃燈は、今やそれに見合う実力を身に付け、十二仙として頭角を表していた。玉鼎いわく、十二仙たちも燃燈に一目おくようになって、からかうのは少なくなったらしい。もとより勤勉で才能もあったが、まるで飛焔剣に引きずられるようにめきめきと力を付けて、その実力は十二仙筆頭だというのだからよほどのものだ。太乙が言っていたが、本当によい宝貝は持ち主を育てるのだという。まさしく燃燈はそうだったのだろう。
だから、そんな燃燈が突然謹慎になったと弟子から伝え聞いて、私は驚いた。私はすぐには信じられなかった。けれども確かな話だというその言葉に、不安をかきたてられて燃燈の洞府を訪ねた。
入り口で誰何したが誰も出てこなかった。いつもなら弟子が出て来て案内してくれるのだが。私は勝手知ったるなんとやらで屋内に入り、燃燈の名を呼びながら洞府を探していると、閉じられた扉の一つから応えがあった。
「姉様…っ!?」
「燃燈、そこか」
私はほっとしてその扉を開けようと手を伸ばしたが、燃燈に止められた。
「開けないで下さい。今は、誰にも会えません」
衣擦れの音がして、燃燈が扉の前にたったのがわかる。けれど私達の間の扉は固く閉ざされていて、顔を合わせる事ができなかった。
「謹慎しているというのは、本当なのか?」
尋ねると、肯定の言葉が返ってきたが、なぜ、という言葉には答えがなく、沈黙がおりた。
「燃燈?」
「-------------------------言えません」
「どうして」
「それも、言えません。申し訳ありません姉様、今日はお帰り下さい」
その言葉に私は目を見開いた。燃燈がこんなふうに私を拒絶するのは初めてで、不安で胸が苦しくなった。
「嫌じゃ。…開けて、燃燈。会いたい」
扉の向こう側にいる燃燈を少しでも感じたくて、扉に手のひらをあてたが、感じるのはその扉の冷たさだけで。
「お願いです、姉様」
その声が震えているように聞こえるのは気のせいだろうか? 結局、どんなにくいさがってもどうしても扉をあけてくれず、謹慎の理由も話してくれなかった。頑なな燃燈に私は引き下がるしかなかったが、常ならぬ様子に心配で仕方なかった。どうしたものかと思案していると、ふと、玉鼎の顔が浮かんだ。そうだ、玉鼎なら何か知っているかもしれない。そう思うといてもたってもいられず、玉鼎の洞府に向かった。


 
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