【三頁】
伯符の訪れから数ヶ月がたったが、いつもと変わらぬ日常が続いた。伯符が残した言葉はとげのように心にささったままだったが、懸念しているような事は何もなかった。あの日以来、伯符の訪れもない。そして燃燈もあの時の事について言葉にだす事はなかった。何かききたげではあったのだが、私が何もいいたがらないのを察してか、何もなかったかのようにふるまってくれてありがたかった。
-----------------安息日のたびに訪れてくる燃燈、そしてたまに玉鼎も加わってすごす楽しく穏やかな日々。変わることもなく、また変わる事も望まず。けれどもあの日を境に、何かが私の中で確実に変わってしまった。
ただ愛しかった。姉だとか、弟だとかだけでなく。二人で、または三人で楽しく過ごしているときにふと燃燈の笑顔を見ていると、切ない思いが込み上げてくるようになったのだ。たまにどうしようもなく高ぶる気持ちに、涙が滲むことすらあった。二人と談笑しながら私はそれを必死に隠した。気づかれるわけにはいかない……こんな浅ましい気持ちを抱えている事を知られるなんて、耐えれない。こんな事を知られたら、軽蔑されるかもしれない。避けられるかもしれない--------二人は優しいから、露骨に態度に出すような事はおそらくするまい。だけど今のままでいられない事は確実に思えた。何も失いたくないのなら、決して悟られてはいけないのだ。だけど、どうやって思いきればいいのだろう。
いつのまに私はこんなに卑しい女になってしまったのだろう。なぜ今こうしている幸福で満足できないのだ。あれほど望んだ心穏やかな日常を手に入れたというのに。
どうしようもなく、自分が醜く思えて嫌悪した。
そんな持て余す気持ちを無理やりねじ伏せる生活が続いてどれぐらいたっただろうか……その日の安息日は、燃燈と一緒に玉鼎もやってきた。なにやら二人して上機嫌である。
「燃燈、玉鼎。何か嬉しい事でもあったのか? 二人とも随分と嬉しそうじゃ」
「あったよ。なぁ燃燈?」
玉鼎がくすりと笑って答え、燃燈が気恥ずかしそうに答えた。
「実は……今度、正式に仙人の称号を頂くことになりました」
「それは…まあ!」
私は驚いた。もともと燃燈には仙人になる素質は充分にあった。そして、それに慢心せず一心不乱ともいえる情熱を持って修業していた。姉としてでなく、一人の仙女としてその実力を評価しても弟の実力は同期の道士たちから群を抜いていた。それにしても早すぎる。個人差はあるとしても、普通、道士から仙人になる年数の半分にも満たないのではないだろうか。しかし、やはり現在の燃燈の実力は仙人たりえると認められて当然のものがあったし、燃燈が認められるというのは純粋に嬉しかった。
「おめでとう、燃燈!! ついに念願の仙人になれたのじゃな。私も鼻が高い」
燃燈の手を取って喜びを伝えると、燃燈は照れくさそうに笑った。
「正式にはまだですよ。これから準備で大変です」
「そうだな。仙人になっても、当分の間は忙しいぞ。しばらくはこうしてのんびりする事もできんだろうな。今日は目一杯羽をのばすことだ」
「……そうなのか?」
そう尋ねると、燃燈は少し申し訳なさそうに答えた。
「はい。仙人になるからには、洞府を開き弟子をとらねばなりません。弟子を探すのも修業のひとつなので、しばらく下界に行く事になります」
下界…そこは、おいそれと竜吉の行く事ができぬ場所。しばらく会えないのは淋しいが、気持ちを落ち着かせるのによい時間となるだろう……。そして燃燈も久し振りに、父と母の墓前にまいる事ができる。私の育てた花を燃燈に託して、墓前を飾ってもらおう。
「そうか………」
色んな気持ちを含めてつぶやくと、燃燈はあわてて言った。
「そんなにお待たせいたしません! 可能な限り早く落ち着かせますから!!」
すると玉鼎が吹き出したので、私もつられて笑ったので燃燈は憮然とした。
「姉様、玉鼎真人様…」
「ああ、それだがな燃燈。お前も仙人になれば私と同格だ。『様』はいらんぞ。玉鼎と呼べ」
「え? ですが…」
「それが玉虚宮の方針だ」
「ちょっと…いいにくいです」
「まあ当分はいいにくいだろうが、そのうちなれるさ」
苦笑で答える玉鼎と弟とのやりとりを見ながらふと、思いがよぎった。望むと望まざるとも、変わらぬようにする事は難しいのかもしれない。変わろうとすることと同様に……。
ぼうっとそんな事を考えていたが、ふと玉鼎の視線に気づいて視線をあげた。何か言いたげな顔である。
「…何?」
「竜吉、燃燈の昇仙式だが…君も出席しないか?」
「私が出席してもよいのか?」
え、と燃燈も玉鼎を見た。
「ああ構わない。元始天尊様から君に伝えるように言われたんだ。式には元始天尊様の直弟子とその高弟が出席するが、そんなに派手な事をするわけではないし式自体は楽しいとは言い難い。だが…弟が、崑崙の師表たると認められる晴れの日だ。出席したくないか?」
「見たい!!」
思わず即答すると、玉鼎は笑って言った。
「だろうと思った。まあ、式はともかくとして、その後は宴席になる。他の仙人たちと縁を結ぶのに丁度よいし……気晴らしにもなるだろう」
その言葉に私ははっとした。ひょっとして…何か、気づかれているのだろうか。それとも、最近元気のなかった私を気づかってくれているのだろうか。けれども玉鼎はそれ以上の事には触れなかった。
「私の兄弟弟子達には、楽しい男達がせいぞろいしている。きっと楽しめるぞ」
「そうですね。まあちょっと変わった人たちですから、楽しむためにはそれなりに気合いをいれないといけませんよ」
と、燃燈が相づちをうったので、玉鼎が片眉を上げた。
「お、言うようになったな」
「あの人達の前で遠慮していたら、身がもちませんからね。鍛えられました」
彼らの事は何度か聞いた事がある。真面目すぎる燃燈を、元始天尊の直弟子である仙人たちがかわいがりつつ、からかって遊んでいると。ちなみにおもに情報源は玉鼎で、燃燈は彼らとの事は多くを語らない。好意はもっていて尊敬もしているようなのだが、からかわれているのを話すのは嫌らしい。
「そうか、噂の彼らが一同に会しているのだな…楽しみじゃ」
「……噂って何の噂です?」
「ふふふ、さて。何の噂かな?」
笑みを浮かべて意味深な視線を玉鼎に投げかけると、彼は肩をすくめて笑うだけだった。
そんな私達に燃燈があわてて問いただそうとしている様がなんだかかわいく楽しくて、燃燈の兄弟子達の気持ちがよくわかってしまう私だった。
それからしばらくして、玉虚宮で燃燈の昇仙式が行われた。久々の玉虚宮に、私は玉鼎に伴われて出席した。以前訪れた時は人もまばらで静かな場所だったが、うってかわって人がたくさん集まりにぎやかである。私はもともとあまり外出しなかったので、たくさんの人の中に入るのは久しぶりだった。
二人で玉虚宮を歩いていると、人の視線を常に感じた。どうも注目されている様で落ち着かない。幼い頃から注目される事にはなれていたので自分の事は構わなかったが、玉鼎まで好奇の目にさらされてはいないか、と思うと少し落ち着かなかった。何千年も生きる仙人にとって年齢など無意味なものではあるが、玉鼎の外見は若く逞しい美丈夫なので、本人は何も言わないがおそらく女性に人気があるだろう。そんな彼と一緒に歩いているのだから、妙な誤解だとか詮索だとか色々されていそうだ………もっとも玉鼎は、いつもとまったく変わらなかったが。
燃燈の昇仙式が行われる広場に案内されると、そこにはすでにたくさんの人が集まっていた。
「にぎやかじゃな…仙人になる時は、いつもこんな風なのか?」
私の場合は、崑崙の客人としての立場だったので正式な仙号があるわけではなかった。弟子をもっているわけでも無かったので、崑崙のしきたりなどにはうとくよく解らない事が多い。
「いや、通常は各洞府で至極あっさり行われる。師である仙人に仙人と認められて、その後玉虚宮に挨拶してそれで終わりだ。燃燈は、崑崙の教主の直弟子だから特別なんだ」
「という事は、玉鼎の場合もこんな風だったのだな」
「ああ。…まあ、今回はちょっと人が多いみたいだけどな」
と、あたりを見渡した。すると、こちらの方をうかがって話していた数人があわてて視線を反らしていた。私が首をかしげると、玉鼎がくすりと笑った。
「君が出席すると噂が流れたからさ。皆、常々君を一目見たかったんだよ。"仙界一の美女"を」
「え…」
「君はあまり外出しないからなぁ。一目にふれる機会が少ないぶん、よけいに皆君の事が気になっているんだよ。自分が有名だなんて、知らなかっただろう?」
目を丸くしている私を尻目に、玉鼎は笑いをこらえて楽しそうである。
「おかげで私は知りあいに会うたびに、君の事をきかれたよ」
初耳である。そんな事は今まで玉鼎からも、燃燈からも聞いた事がなかったのでなんだか恥ずかしく少し頬が熱くなった。
「そんな事、今まで言わなかったではないか。燃燈も何も言わなかったぞ!」
「燃燈は、言わないだろうなぁ。私が何も言わなかったのは、燃燈が嫌がるだろうからだけどな」
と、今度は声を出して笑ったので、私はわけがわからなかった。と、その時人込みの向こうから玉鼎の名を呼ぶ声が聞こえた。
「やっほー玉鼎、300年ぶり〜」
人込みから手を振りながらひょっこり姿を表したのは、玉鼎に負けないぐらい長身の男だった。とはいっても玉鼎と雰囲気は対象的である。
「…ベタだな太乙。そろそろ別のネタ考えた方がいいぞ」
「ああもう真面目なのも考えものだね。のってくれてもいいじゃないのさ」
のほほんと笑う男の名前が記憶にひっかかった。太乙といえば崑崙十二仙の一人のはずだ。玉鼎や燃燈との話題に登った事が何度かある。崑崙随一の天才宝貝発明者であり、玉鼎の茶飲み友達だと聞いていた。「いいやつだが変わったやつ」とは玉鼎の弁。その男が私に視線を流した。
「やあ、君が竜吉公主かい? 噂通りのすごい美人だね〜。僕は太乙真人。崑崙十二仙の一人だよ。今後ごひいきに〜」
そう言って、私の手をにぎってぶんぶんとふった。
「え、あ…はじまして。竜吉と申します」
かなり砕けた感じの性格に、私は面食らった。初対面でいきなりこんなに砕けた感じで挨拶されたのは初めてだったからだ。でも悪い気はしなかった。
「玉鼎がうらやましいねぇ、こんな美人を同伴しているなんて。あっちこっちで"ついに堅物玉鼎にも春が来たか"って噂になってるよ」
「あのな…。私は友人として、彼女と一緒に来ただけだ」
「そんなのわかってるさ。君の堅物ぶりは筋金いりだからねぇ。燃燈とほんとにいいコンビだよ」
けたけたと軽い調子の太乙に、玉鼎はため息をついて頭を押さえた。私はああやっぱり…と思い玉鼎に申し訳ないような気持ちになった。
「あの…皆そんなふうに言っているのですか?」
不安をこめて尋ねると太乙は軽く手をふった。
「あははは、皆おもしろがってるだけだよ。なにせ玉鼎ときたら、女性にもてもてなのに浮いた噂の一つもないからねぇ。だからあんまり気にしないでいいよ」
「悪かったな堅物で。お前はそのくらげみたいな性格をちょっとは堅くしろ」
「ちっちっちっ、わかってないね。僕はこれぐらい柔らかいのでちょうどいいのさ。なんといっても発明は柔軟な発想が命! 堅い頭じゃだめだめ」
「………」
反論を軽く一蹴されて黙った玉鼎を見て、"たして割ったら丁度いいのではないだろうか"と思ったが、黙っておいた。太乙真人のいう通り、玉鼎は確かに堅物…いや、生真面目だ。だから同じ生真面目な燃燈と気があうのだろう。けれども玉鼎のそんなところが私は好きだった。
と、その時。部屋に銅鑼の音が響いた。部屋で思い思いに立ち止まって話していた皆が、それぞれ用意された席に向かいだした。
「ああ式が始まるね。じゃあまた後でね」
太乙はそう言って来た時と同様に、手をひらひらと振りながら自分の席に向かった。私も玉鼎に促され席に向かったが、私に用意された席は座の中心のすぐそば、玉鼎の隣で十二仙の席だ。通路をはさんで向い側斜めに、太乙がいた。視線が合うと彼は軽く手を上げた。すると両隣にいた他の十二仙に肘でこづかれた。それをくすりと笑いながら見ていると、二度目の銅鑼が鳴り室内は静まりかえった。そして元始天尊が燃燈を従えて現れた。皆が一同に頭を下げる中を二人が進み、座の中心と向かう。昇仙の報告を受けたあの日から燃燈には会えなかったので、弟の姿を見るのは久し振りだ。正装して固い表情の燃燈はどこか違う人を思わせて、誇らしい半面淋しいとなんだか妙な気分になった。
「今日は皆よく集まってくれた。これより、ここに控える儂の直弟子・燃燈の昇仙式を始める」
元始天尊の開式の言葉で、式が始まった。
師より仙たる心構えと姿勢を説かれ、また己の仙としての心構えと姿勢を誓う。そして先達の十一仙から祝詞とともにそれぞれから仙としての姿勢を問われ、そのひとつひとつに答えていく。
厳粛な雰囲気の中、あの太乙も真面目な顔であった。まあふざけるわけにもいかないだろうが…。
そして最後に、元始天尊より宝貝が燃燈に贈られた。その宝貝「飛焔剣」の名が上がると、会場がざわめいた。そんなに有名な宝貝なのだろうかと思っていると、玉鼎が小声で教えてくれた。
「あれは、崑崙でも屈指の宝貝の一つだ。七大宝貝につぐ力を秘めていると言われている。それだけにそれに見合う力量の持ち主でないと使いこなせない」
そう言って飛焔剣を眩しい目で見やった。
「あれを拝領するという事は、剣士にとって最大の名誉とも言える…うらやましいな」
その言葉に私は意外な気持ちで玉鼎を見たが、燃燈を見るその横顔は優しく笑っていたので、燃燈と私はよい友人を持ったな……と、心の中でつぶやいた。
そうして、式は終わった。
元始天尊が退室すると皆姿勢を崩して和やかになったので、私達はようやく燃燈のそばによる事ができた。
「燃燈、おめでとう。ようやく念願の仙人じゃな」
「おめでとう。すばらしいものを頂いたな。驚いたぞ」
そう声をかけると、燃燈ははにかむように笑った。
「ありがとうございます。でもまさか、飛焔剣を頂けるとは思っていませんでした。使いこなせるようになるためには、まだまだ修業が足りないようですが…。こうしてもっているだけでも気をぬけません。油断するとその力に引きずられそうになります」
たしかに、飛焔剣の側によるだけで内包している力強い波動を感じる。今にもあふれんばかりの波動だ。初めてみるその宝貝に、ふと心魅かれた。
「燃燈、飛焔剣をちょっと見せてくれぬか?」
燃燈に向かって手を出すと、珍しく燃燈が躊躇した。
「飛焔剣は今日正式に拝領しましたが、本当は三日前に頂いていたんです。最初は持つことすらできませんでした…三日かけて気をならして手なずけたのです。今もかなりの集中力を保っていないと暴走しそうなんです」
玉鼎が感心したようにつぶやいた。
「さすが飛焔剣だな。気位が高いと見える」
二人はそう言うけれど……なぜか、私にその剣を扱えないとは思えなかった。私は剣士ではないし、これほど強力な宝貝を使った事もない。なのに確信があった。
「わかった。気をつける」
と、にっこり笑って再度手を差し出すと、燃燈はそれ以上は言わず、けれど不安げな感じで剣を私に手渡した。
「…っ!!」
手に持った瞬間、ずしりとした重さがあった。剣そのものの重さよりその溢れんばかりの力で思わず膝が少し曲がった。
「竜吉!」
玉鼎が声をあげたが私はかぶりを振った。
「大丈夫…」
-------たしかに、かなりのじゃじゃ馬のようだ。燃燈の手にあった時は落ち着いていたが、手にした者が変わった瞬間に駄々をこねだした。飛焔剣の気が暴れだし、刀身が紅蓮の色に染まる。だが私は静かに眼をつぶり飛焔剣に集中した。そして子供をなだめるような優しい気持ちで飛焔剣に気を送り込んだ。なぜそうしたのかはわからない…でも直感。しばらくそうしていると徐々に飛焔剣の気が収束し、それとともに先ほど重く感じたのが信じられないほど軽くなった。
飛焔剣を落ち着かせ眼を開くと、私の手の中には最初に見た時以上に鮮やかな気を放つ紅蓮の剣があった。軽くふるとその軌跡に従い煌めく炎が舞う。その姿は美しく、私を魅了しうっとりとさせた。
「さすがだな竜吉。いとも簡単に飛焔剣を手なずけてしまった」
玉鼎の感心したような声に顔をあげると、燃燈と視線があった。燃燈は食い入るように私を見ていた。
「燃燈、ありがとう」
剣を返すと、燃燈は我にかえったように飛焔剣を握って苦笑した。
「姉様にはかないませんね。私は修業がまだまだ足りません」
「燃燈ならすぐ使いこなせるようになる」
玉鼎が燃燈の肩を優しく叩いた。
「いや〜すごいね! お見事お見事」
明るい声と拍手とともに、先ほどの太乙がひょっこり私の横に現れた。
「あっというまに飛焔剣を手なずけるなんて、さすが純血の仙女!! それにしても飛焔剣の美しいことといったらこの上ないね。力強くありながら鮮やかな気をまとって、本当にすばらしい」
太乙は目をきらきらと輝かせ、燃燈の手の中の飛焔剣に見惚れた。やはり宝貝の名品ときけば、宝貝の匠としては大きな感心があるようだ。あっちからこっちからと、角度を変えてじろじろと見ている。
「持ってみますか?」
そう燃燈が申し出たが、太乙は意外にも首を横にふった。
「やめとくよ。私、体力ないし。力をすわれてひからびたくないからねぇ。はぁでも、本当に素晴らしい…」
「さ、もうそれぐらいにしておけ。宴席に行くぞ」
玉鼎にうながされ、私達は別の部屋に用意されている宴席に向かったが、その間も太乙はしきりに飛焔剣を見ている。
「よほど宝貝に感心があるのですね?」
私が笑いながら問い掛けると、太乙は胸をそらして答えた。
「そりゃそうさ。宝貝作りとしての実力を認められて十二仙になったぐらいだからね。宝貝作りは私の生き甲斐、となれば名品に無関心ではいられないよ。ところで君はどんな宝貝をもっているんだい?」
「私は…実は持っていません」
太乙はその言葉によほど驚いたらしく、眼を見開いて立ち止まった。
「持って、いない? どうして?」
「与えられる機会がありませんでしたから…。母の形見のものがあるにはあるのですが、どうも相性が悪いみたいでなじまないのです」
宝貝には相性というものが存在する。相性が悪いからといって使えないという事はないのだが、それでも相性が悪い宝貝を使いこなすのは難しい。自分にあったものを自ら作ってみようと試みているのだが、どうもイメージが漠然としていて上手くできない。気長に作ろうと思っている、と言うと太乙がどんと自分の胸を叩いて言った。
「それなら私がお近づきの印しに、贈らせてもらうよ! もちろんオーダーメイドでね」
「ええっ!? で、ですが」
「遠慮なんかしないでおくれよ? もったいないからね。何より君の最初の宝貝を作れるなんて光栄だ」
確かにありがたく嬉しい申し出だった。宝貝作りの匠の作るそれに、大きな興味もある。
「ありがとうございます。私のほうこそ光栄です」
喜んで笑顔を浮かべて礼を述べると、太乙は嬉しそうにちょっとまゆ毛をあげた。
「いやはや、美人さんの笑顔で値千金、値千金」
にこにこと妙に上機嫌になった太乙に、玉鼎が横から茶々をいれた。
「おい、竜吉を口説いてるんじゃあるまいな? 燃燈が不機嫌になるじゃないか」
その言葉に燃燈がうろたえた。
「わっ私は別に…っ」
「あ〜ほんとだ、目元が険しいや」
「これは生まれつきです!!」
笑いながらそんな会話をかわして歩いていると、宴席のある部屋についた。入室すると、すでに準備は整っておりよい匂いが漂っていた。どうやら私達が最後だったらしい。私達が着席すると挨拶もそこそこに宴が始まった。
宴がはじまると、私は十二仙の面々に囲まれた。
「お初お目にかかる。小官は広成子。ぜひ一度あなたにお会いしたいと思っていました」
仙人、というよりは軍人といった風情の広成子が二言目を発しようとした瞬間、その彼をぐいっとおしのけて別の仙人がずいっと身を乗り出した。
「おーっこりゃまた随分とキレイなお嬢さんだ。俺は赤精子、よろしくな」
こちらはうってかわって、砕けた人物のようである。HAHAHAと笑いながら、握手をもとめて手を私に伸ばすと、その手を広成子にはたかれた。
「この無礼者め!! 竜吉公主に向かってそんなご挨拶があるか!!」
「はん、お前さんみたいなしゃちほこばった挨拶なんぞしていたら、肩がこっちまう」
広成子が青筋をたてて怒りだしそうになったので、私はあわてて言った。
「私は構いません。どうぞお気楽に…」
「ほれみろ。お前さんはカクカクし・す・ぎ・だ。脳みそも四角いんじゃないか?」
すかさず赤精子が返す。……なにやら、どこかで聞いたようなやりとりだったが、こっちのほうが過激だった。
「キサマ小官を愚弄する気かーーーっ!!」
と、いきなり広成子が赤精子を殴り飛ばしたので、私は心臓が跳ね上がった。殴られた赤精子はすかさず態勢を建て直すと抜刀した。
「斬る!!!」
「まっ待って下さいっ!!!」
しかし私の制止は無視され、二人が暴れだした。慌てる私の目の前に、ずいっと杯が差し出された。差し出した人物を見ると、爽やかな好青年が笑顔を浮かべていた。
「ささ、どうぞ一献。オレは清虚道徳真君。どうぞよろしく」
白い歯を光らせて、にっこり笑うその姿はなかなかのものだったが、しかし。
「それよりも止めなくては…!!!」
立ち上がろうとする私を道徳真君は、まあまあ、と押しとどめた。
「あの二人は大丈夫。いつもの事だから。なんだかんだと仲がいいんだ」
仲がいい…? それを信じるにはあまりにもすざまじい光景なのだが。しかし周りを見ると、皆は自分の料理をまきこまれないように避難させた上で、二人に煽るような声援を上げて酒の肴にしている。視界のすみに玉鼎と太乙と燃燈が談笑しているのが目に入った。この騒ぎが目に入っていないはずがないのだが。
「--------------------------いただきます」
私は杯を受け取った。酒をつがれながら、私は他の十二仙に挨拶を受けた。いかにも仙人らしい老人から、そうは見えない者まで様々だ。中でも驚いたのが道行天尊で、どう見ても赤ん坊にしか見えない。
「よろちくでちゅ〜」
と、抱きついてきたところを、いつの間にか背後にまわっていた燃燈にむしりとられた。
「何をしてるんです? 道行天尊」
「おっおちゃめなジョークでちゅ」
「笑えません!」
道行天尊ににじりよる燃燈を慈航道人がまあまあ、となだめた。
「酒の席だぜ? 固いこというなよ。俺達だって会うのを楽しみにしてたんだからさ。それに、いつもは独り占めしてんだろ? 大目に見ろよ」
「独り占めって何ですか! 人聞きの悪い」
顔を赤くして怒る燃燈に、皆がここぞとばかりに突っ込んだ。
「違うのかいのぅ。わしゃそうじゃと思っとったが。休みのたびに鳳凰山に帰っているのじゃろう? 竜吉公主は外にでられんしのぅ」と、懼留孫大法師。
「虫がつかんようにみはっとったとか…」と、霊宝大法師。
「シスコン…?」と道徳真君。
「あ、さっき私が公主に宝貝プレゼントするって言ったら、燃燈ってば不機嫌になってさ〜」と、太乙真人。
「なってません!!!」
あれよこれよとからかわれている燃燈の姿に、なるほどこれが例のあれか…と、私は笑い転げた。
その日の出来事は何もかもが新鮮だった。お酒の勢いもあったのだろうが、これほど楽しく騒いだのは生まれて初めてだ。天界でも宴席には出席していたがもっと上品で、今日の席の方が何倍も楽しい。十二仙は変わった人が多く、見ていてあきなかったし、話すととても楽しかった。気がつけばすっかり私は十二仙たちに溶け込んで笑いながら酒をかわしていた。だがその時、私を遠くから見つめる暗い目があるのには、まったく気づいていなかった。