【一頁】
大好きだったキレイで優しかった母。けれど、いつもどこか寂しげだった。その理由を知ったのは、私がまだ少女の域をでない頃だ。
天帝の寵妃。
それが母の立場だった。なので私は天帝が父だと思っていた。しかし、その父が私に投げ掛ける視線はどこか冷たいもので、父の事が好きではなかった。何が父の気にいらないのだろう。「お父さま」と呼ぶだけで不機嫌な顔をなされる。しかし、誰もがかしづく父親に嫌われるのは恐かったので、勇気を出してお母様に聞いてみた。
「お母さま、お父さまはわたしのことがおきらいなのでしょうか。わたしが、なにかいけないことをしているのでしょうか?」
すると母は私と視線があうように座った。そして私の手を優しく包んでくれた。
「竜吉、ごめんなさいね…あなたにも、そろそろ言うべきなのかもしれないわね。天帝陛下はあなたの、本当のお父様じゃないのよ」
そう言った顔はとても悲しくて…でも母の手のひらの感触はあたたかくて。
「でも、お母さまはお父さまとけっこんしたんでしょう?」
私はまだ「結婚」の意味もよく知らなかったけれど。
「そうね。でも、その前に結婚していた人がいるの。竜吉は私とその人の子供なのよ」
よくわからなかった。ただ、あの人を「お父さま」とは呼んではいけないのだなと思った。
「じゃあ、わたしのお父さまはどこに?」
「…亡くなってしまったの。もう会えないの」
死んだときいても顔も知らない父だったから、悲しくはなかった。ただ少しさびしかったけれど。
それから年月がたって。
「父が死んだ」というのは実は母の優しい嘘だと知ってしまった。母は何も語らなかったけれど、女官達のうわさ話や、それを裏付けるかのような天帝の後宮の他の妃の態度がそれを教えてくれた。
もともと母は天人でなく、一介の人間の仙人だった。そして同じく仙人である私の実の父と結婚していて、崑崙山で暮らしていたらしい。しかし、なんの折りか天帝が母をみそめて無理やり後宮に入れた。そして、その時すでに母が私を身ごもっていた事は、母自身すら知らず………私が、生まれた。
天帝は、生まれた私を実の父に引き渡すつもりだったが、父は妻が後宮に入れられた事を嘆き、自ら仙籍を抜き、人間達の世界に戻って行方しれずになってしまった。そして母のたっての懇願もあったため、結局私を後宮で育てる事が許されたそうだ。
他の妃は、そんな母を快く思わなかった。母はおだやかな人で誰かと争う事など考えられなかったが、もともと身分が低い人間の女が、天帝の寵を一身に受け、しかも他の男の子供をのうのうと育てているのが気に入らないのだろう。妃達の我々にむける視線は、決してあたたかいものではなかった。
母は何も言わず、天帝によくお仕えしている。だけど………幸せには見えなかったし、幸せだと思っているようにも感じなかった。母が幸せそうに話すのは、いつも崑崙山で暮らしていた時の事だったし、一番幸せだったのもその頃だったのだろう。
私は、天帝や他の妃が疎ましかった。逆らうことも許されず望まぬ後宮にいれられて、窮屈な生活を強いられる。私はといえば、母の立場を考えるとやはり何もできなかった。しかしその生活も、望まぬ形で幕をおろす事になった。母が、病に伏してそのまま帰らぬ人になったのだ。
死の間際、母が私に残したのは2つ。私を残して死んでいく事への謝罪。そして、二度と会うことのできなかった、別れた夫への伝言だった。
天帝は、母が死んで嘆き悲しんだ。だが私は、その姿さえ疎ましかった。むしろ憎かったと言ってもいい。母がこんなに寂しく死んでいくのは、この男のせいだ。母の幸せを奪ったのは、私からあたたかい家庭をうばったのもこの男のせいだ。どうして許す事ができるだろう。
そして母が死んで、もとより天帝との折りが悪かった事もあり、私は後宮に身の置き所がなくなってしまった。しかし逆を言えば、私はこれ以上ここに身をしばられる理由もない。思いきって後宮から出る申し出をすると、案の定許された。天帝も私を厄介払いしたかったのだろう。しかし亡くなった寵妃にせめてもの義理立てか、天界に私の住まいを用意してくれたので私は素直に感謝した。それが最初で最後だったが。
後宮を出て、私が最初にしたのは父を探す事だった。とはいえ、天籍に身を置く立場としてはおいそれと地に降り立つ事も許されない。その為、父と母の師であった元始天尊を頼る事となった。
母より元始天尊の事は聞いていた。厳しくもよい師で、母の後宮入りの時、最後まで抵抗してくれたという。何かあればきっと助けてくれるだろうという母の言葉を信じ、父の捜索を願う手紙を出した。返ってきた返事は、とても心のこもったもので、快く引き受けてくれるという。
しかし、仙籍を抜け、自ら身を隠した父を探すのは困難を極めた。
父が見つからぬまま、私は無為に時間を過ごしていたが、そのうち天人たちの宴に招待されるようになった。面識などほとんどない者たちばかりだった。おそらく事情はともあれ、大義名分上は私は天帝の娘だ。あわよくば取り入ろうという事だろう。その思惑を察しつつも、常の日々は退屈で寂しいものだったから、あえて招待されるがままに宴に足を向けた。
そんな事を何度か繰り返すうちに、やがて私にも知人が増え、私の住まいを訪ねてくるものが出来てきた。そのほとんどが私に取り入ろうとしたり、口説こうとしたりする男ばかりだった。
これにはかなり辟易したのだが、その当時の私には手に余りどうすればよいかわからず、結局あやふやに流したり適当に相手をする事しかできなかった。そのため覚えのない誹謗中傷まで受ける事になり、はがゆかった。あれほどいまいましかった、母の周囲の状況になんと似ている事か…。後宮をでてなお、天帝の影にさいなまされている。自分の非力さが呪わしい。結局、私は館に引きこもりがちになり、修業や勉学に没頭する事が多くなった。
こんな私の思いとは裏腹に、ある日とんでもない事態が起こった。私にいいよっていた男達が、私のあずかり知らぬところで勝手に私を巡って決闘し、双方大怪我をおったというのだ。これがともに地位も名誉もあるもの同士だったのが災いした。何も知らない私にまで、責任の追及の声があがったのだ。
私は、天帝に呼び出された。二度と会いたくない男なのに、周囲の勝手な思惑に流されて、またもや意にそわぬ状況に追いやられている……私は少し自暴自棄になっていたのかもしれない。
久々に会う天帝は私を階段の上の玉座に座って迎えた。その顔は、あいかわらずの冷たいものだった。
「竜吉公主、この度の騒動は知っておろうな」
「……存じております」
「まだ年若いそなたを、一人で放り出したのがいけなかった。仮にも私の娘で、母に似て美しいそなたを周りのものが放っておくはずがない…どうだ、これを機に、いっその事身を固めてはどうか」
………何を言い出すのだ、この男は。
「まだはやいとは思うが……女一人の身では寂しかろう、そなたさえよければ、私が良縁を探してやろう」
そして自分の目のいき届くところに置いて、私を監視でもする気か。母だけであきたらず、私まで飼い殺そうというのか!!
私は歯ぎしりしたい気持ちを、なんとか押し殺した。だが許せなかった。断じて受け入れる事などできるものか!!!
「恐れながら…陛下。母の遺言がございます。申し上げてもよろしいでしょうか?」
母の、ときいて天帝は少し表情が動いた。
「何だ? 申してみよ」
私は、天帝の目を正面から見据えた。そして挑戦するかのごとく、はっきりと言った。
「母は常日ごろから、私には想う人と一緒になって、幸せになって欲しいと申しておりました。私も真実愛した人と一緒になりたいと願っております」
精一杯の皮肉。母から幸せを奪った、天帝への言外の非難の言葉だった。
天帝は顔色を変えて玉座から立ち上がった。そして荒々しい言葉を玉座から投げ降ろした。
「ならば、好きなようにするがよい。だが今回のように、私の膝の元で騒動がおこる事は許されん。天界より降りて夫を探せ。相手を見つけて結婚するまでは、天界に戻る事は許さん!!!」
…………これは、実質上の私の天界よりの追放宣言だった。
私は何事もなかったかのようにさがり、自分の館に帰った。
部屋に入ると、私は後ろ手で扉をしめた。
そのとたん、くっくっと笑いがこみあげてきた。
「馬鹿な男…」
天帝のなんて愚かで、思い上がっている事か。私を追放? 私がそれを悲しむとでも? 誰もが天界で暮らす事に幸せを感じているとでも? こんな場所、いつでも出ていってやる。未練などあるものか。
「フフフ………あははは…あははははは……!!」
私は笑いが止まらなかった。だけど同時に、この流れる涙はなんなのだろう。どうしてこんなに悲しいのだろう。
「お母様……………」
------------寂しい。寂しかった。どうしようもなく寂しかった。あたたかいぬくもりが欲しかった。例え貧しくてもいい。母がいつも私に与えてくれた、優しいほほ笑みとぬくもりが欲しかった。
後宮で暮らしていた頃、私たちにはお互いしかいなかった。さびしかったけれど、耐える事ができた。でももういない。私一人だけ。
不透明な未来への不安より、寂しさが私の心を支配していた。私は少しでもそれを払拭しようと、狂ったように笑い続けた。
声がかれるまで笑い、そして涙が枯れるまで泣き続けた。そうやって、なんとか自分の心をおちつけた。いつまでもこうしてはいられなかったのだ。今の私には追放されて、行くべきところがないのだから。
面識のある天人たちに相談しようかとも考えた。おそらく手助けしてくれるものがいるだろう。だがそれは結局天帝のかげで生きる事に他ならない。悩んだ末、私は元始天尊に急ぎの便りを出した。するとおりかえし、元始天尊より使いの者が訪れた。
その男は元始天尊の直弟子で、玉鼎真人と名乗った。
長身に長い髪で、きびきびとした立ち居振る舞い、けれど穏やかそうな瞳の対比が印象的だった。
「師より、あなたを崑崙山におつれするようにと、申しつかって参りました」
「では……」
「はい。あなたのお力になりたいと」
私は安堵のため息をもらした。両親の師とはいえ、まだ会った事もない人。その人が示してくれる情けが身にしみた。いつかこのご恩に報おうと、私はその時心に誓ったのだった。
「…感謝します………」
そう言うと、玉鼎真人は気づかうように優しく微笑んだ。
「では、出発の準備をしていただけますか? 整いましたら…」
「ああ……いえ、もうできています。おかしな話ですけど、落ち着き先が決まらなかっただけで他の手配はすんでいます。今は手持ちの、少しの荷物だけ……」
私が指し示した荷袋を玉鼎真人は「では私が」といって持ってくれた。玉鼎真人が促したので、私は彼の後について館を出た。
そして、私は天界を後にした。----------------- 一度も後ろを振り返る事もなく。
「ようこそ、いらっしゃいました」
玉鼎真人に案内され、はじめて踏み入れる玉虚宮で、はじめて元始天尊に出会った。長いまゆ毛と髭で、顔の表情は隠されていたが、そのおちついた声音に私の緊張も和らいだ。
「お初お目にかかります、竜吉です。……度重なるご厚情、痛み入ります。元始天尊様」
頭をさげた私を、玉虚宮の主は手で制した。
「おやめなされ。血はつながらぬとはいえ、あなたは天帝陛下のご息女。わしの事は元始天尊とおよび下さい」
「ですが……」
そうは言われても、相手は自分より遥かに年長で、しかも両親の師。呼び捨てにするなど、とてもではないが気がひけた。そんな私の心情を察してか、元始天尊は少し笑って言った。
「堅苦しく考えられることはない。わしはあなたを友人として、崑崙山にお招きした。それではどうかな?」
「はい……元始天尊」
「歓迎しますぞ、竜吉公主。ご父母が昔住んでいた所に、住まいを用意した。今までお住まいだった場所に比べると、随分見劣りすると思うので申し訳ないが、見晴らしのいい場所じゃ」
父母の住んでいた所、ときいて私は嬉しかった。どんな場所だろう。少しでも昔のよすがは感じられるだろうか。
「ありがとうございます」
「それで……その、ご父君の消息がわかりましたぞ」
「本当ですか!!?」
「来ていただいてすぐじゃが……今から、すぐに下界に向かってくだされ」
ずっと探していた父が見つかって、もちろんすぐにでも会いたい。けれど性急すぎはしないか? 私が怪訝に思っていると、元始天尊は沈んだ声で語りだした。
「実は、流行り病にかかってしまったらしく…………もう、危ない。その最後の報せをあやつ自ら、わしに送ってきたのじゃ。竜吉公主の事を伝えると、最後に一目会いたいと」
私は息をのんだ。そんな!! やっと見つかったのに、その命の灯火が消えかけてるなんて!!! 母だけでなく私は父まで失うのか。たまらなかった。父に一刻もはやく会いたいという気持ちにせきたてられた。
「父はどこなのですか!? 私もお会いしたい。それに母から遺言を預かっています。それを伝えるまでは永遠のおわかれなどできません!!」
叫ぶように私が言うと、元始天尊は頷いた。そして背後に控えていた玉鼎真人に、私を連れて父のもとまでいくよう命じた。
その彼に付き添われ、私は黄巾力士に乗り込んだ。下界に向かう黄巾力士の中で、私はまるで祈るかのように手を組んだ。見た事もあった事もない父。母には何も言わなかった…言えなかったが、本当はずっと父に会いたかった。話したいことがたくさんある。母の遺言だけではない、私の事、色んな事。そして訊きたい事がたくさんある。父の事、母の事…私の事。けれどその全てが、今にも消えてなくなりそうになっている恐怖に、心が震えた。
「竜吉公主、大丈夫ですか。顔色がひどく悪い…」
ふいに玉鼎真人が声をかけてきた。玉鼎真人を見上げると、心配そうに私の顔をのぞき込んでいた。心の動揺はともかく、実際下界に近づけば近づくほど、私は気分が悪くなっていた。はじめて触れる下界の空気は決して心地よいものできなかったのだ。けれど私は、何も言わず首を横に振った。すると玉鼎真人は、それ以上は何も言わず、時折私の方をむくだけだった。
そうして二人でだまっているうちに、小さな村が見えてきた。
「あの村です。竜吉公主」
私の胸の鼓動がはねた。黄巾力士は村にある小さな家のそばに着地した。痛くなるような胸の鼓動を抱えて、私は地に降り立った。その時、黄巾力士が降り立った音にきづいたのだろう、その家の扉が開いた。出て来たのは、私の胸ほどまでの身長の少年だった。
「どなたですか? ……ひょっとして仙人さま?」
その利発そうな子供はおそるおそる、だがその大きな目でしっかりと私たちの目を見て問い掛けてきた。すると玉鼎がその子供に近づいて、目線を合わせるようにしゃがみこんでやさしく話しかけた。
「そうだよ。私は玉鼎真人。こちらはは竜吉公主。君はこの家の子かい?」
その子供がこっくりとうなずいた時、屋内から力のない男の声が響いた。
「燃燈、その人は私の友人だ。入っていただきなさい……」
「父様。………どうぞ仙人さま」
少年のつぶやき気になりつつも屋内にはいると、部屋は小さく古かったが小綺麗にされていて、薬草の臭いが漂っている。寝台の上で男が横たわったまま、私たちを迎えた。
彼は目のしたに深い隈ができており、肌はかさかさと骨と皮だけのような生気のほとんどない姿に、私は涙が浮かんできた。
「玉鼎、きてくれて嬉しいよ…」
「道兄、お久しぶりです。お会いできてよかった」
同じ師のもとで修業した二人は嬉しそうに、でも寂しげに視線を交わした。
「あなたのご息女をお連れしましたよ。さあ竜吉公主……」
うながされ、彼に近づいたが私は気持ちが高ぶりすぎて、声が出なかった。けれどやっとの事で震えた声を絞りだした。
「お父様…ずっとお会いしたかった」
ひからびた手に触れると、しっかりと握り返してきた。
「父と呼んでくれるのか…力がたりないばかりに妻を守れなかった私を。お前にも寂しい思いをさせてしまった。私は元始天尊さまに聞くまで、娘がいる事も知らなかった。すまなかった、すまなかった…許してくれ」
苦しげな息遣いで声は震え、私を見つめる父に、私は言った。
「私もお母様もお父様を恨んだ事などありません。お母様は死の間際お父様に伝えて欲しいと…。"ずっとあなたの所に帰りたかった。苦しませてすみませんでした。"と……」
そういうと父の目には涙がみるみる溢れてきた。
「そうか…彼女は、私を最後まで気づかってくれていたのだな」
きっと父も母を想い、天帝と自分を呪いながらずっと苦しんでいたのだろう…嬉しくもあり、悲しくもあった。
「お母様は、昔の話をするとき、いつも幸せそうでした」
「私も、幸せだったよ。竜吉は…母似だな…昔の彼女にそっくりだ。その優しいところも……」
突然、父が苦しげにせき込みだした。
「父様!! 無理してはだめです!!!」
それまでじっと私の後ろで話を聞いていた燃燈が、あわてて叫んで寝台に飛びついた。
父が苦しげな息をどうにか整えると、燃燈の肩を抱き私に向かって告げた。
「竜吉、この子は燃燈だ。母は違うがお前の弟だ」
ああ、やはり。私は母似だったが燃燈は父の面影があった。
「失意のあと下山して彷徨う中…これの母に会った。平凡だが優しい女だった。二ヶ月前に、私と同じ病で死んでしまったが、彼女にはどれだけ力づけられたかわからない……燃燈も、優しくまっすぐな子だ。私が死ねば燃燈には頼るものが誰もいない……この子を頼めるか、竜吉……」
「はい…はい、もちろんです」
そう言うと、父はにっこり笑った。そして虚空に視線を向けとぎれとぎれに話しだした。
「元始天尊さま…きっと見ていられるのでしょう。私は、不出来な弟子でご迷惑ばかりおかけ…しまし、た」
その声はだんだんと弱くなり、瞳からは生気が徐々に失われていく。その父の手を私と、燃燈が強く握った。
「お許し…くだ、さい。どうか、この子達にお力をお貸しください…」
「父様、嫌だ!!! 私をおいていかないで下さい!!!」
死に行く父に、燃燈が今にも泣き出しそうなくしゃくしゃな顔でしがみついて叫んだ。私はもう嗚咽を止める事も出来なかった。
「燃燈、泣くなよ。おまえは強くなれ…大切な者を、守れるぐらいに」
「泣きません、泣きません絶対!! 強くなります。だから死なないでずっと見てて下さい!!!」
「二人とも、どうか幸せに…………」
---------------それが、父の最後の言葉だった。閉じた父の瞼が、二度と開くことはなかった。
父の葬儀には、村人達が集まって手伝ってくれた。生前の父はこの村で医者をしていたらしく、悼んでくれる者が多く嬉しかった。私は葬儀が進む中、ますます悪くなっていく体調に心労が重なって、玉鼎真人に支えられて立っている状態だった。燃燈はといえば…父の葬儀中、ずっと静かだった。今にも泣き出しそうな顔で、だけど涙を見せる事は決してなかった。それどころか、私を気づかう事すらした……弟はこんなに小さいのに、私よりずっと強いのだ。その事実に私は驚きつつも、好感を持った。
全ての葬儀が終わって、私は玉鼎と向かいあった。
「玉鼎真人、燃燈を-------弟を一緒に崑崙につれ帰ってもよいでしょうか。父は、弟には身寄りがないと言っていました。それに、病が蔓延するこの地に置いていくのは不安です…」
すると玉鼎は頷いた。
「そうですね、私もその方がよいと思います。それに燃燈には仙人骨がある。崑崙に連れていっても問題はないでしょう」
玉鼎の同意を得て、燃燈に切り出した。
「燃燈、私と一緒に崑崙に行かぬか?」
「崑崙…」
燃燈は何か言いたげに、だが黙り込んでしまった。であったばかりの姉と見知らぬ土地に行くのはやはり抵抗があるのだろうか。
「もちろん、燃燈が行きたければじゃが……嫌?」
「あの…私は、ご迷惑ではありませんか? 会ったばかりなのに…」
その言葉を聞いて、私は驚いた。この子はそんな所まで考えていたのか。強いだけじゃなく、賢いのだ。
「お父様に言われたからだけじゃないの。私は、実は崑崙にこれから住むの……お母様が死んで、ずっと一人で寂しかった。だから、燃燈が来てくれると嬉しい」
本音だった。ほんの少し前まで知らなかった弟なのに、燃燈の存在がたまらなく嬉しい。そばにいて、この子をもっと知りたかった。
私の言葉に玉鼎真人は複雑な顔をして、私を見た。燃燈は少しの間だまっていたが、すっと頭を下げた。
「よろしくお願いします。姉様…」
「こちらこそ、燃燈」
その時、私は天界を追放されてからはじめて…心の底から喜んで微笑んだ。すると燃燈が頬を赤らめたので、なんともいえず可愛らしかった。
それから、燃燈は手早く荷物をまとめて、私たちは足早にその場を立ち去った。私の体調がますます悪くなったからだ。心配げに私を見つめる燃燈に寄り添われながら崑崙に向かったが、下界の汚れた空気を吸いすぎたため、胸がますます苦しくなり吐き気がし、呼吸すらまともにできない状態になってしまった。そして……
到着を待たず私はついに意識を手放した。