千年の恋〜竜吉公主編〜

【二頁】

それから一ヶ月が過ぎた。
その間、竜吉が私のもとを訪れる事はなかったが、私から訪ねる事も気まずくできないでいた。しかしずっと気になって落ち着かない日々が続いていた時、ようやく燃燈の謹慎が解けた事を、元始天尊さまの使いでやってきた白鶴童子によってしらされた。丁度よい口実ができた------どのみち、このままでいるわけにもいかぬのだと、私は竜吉のもとを訪ねた。竜吉の弟子に案内をこうと、童女は少し困った顔になった。
「あの……只今、来客中でして」
「誰かな? 報せたい事があるのだが、出直した方がいいだろうか」
童女が私の問いに答えようとした時、男の声が奥から響いた。
「その必用はありませんよ。もう帰るところです」
出てきたのは、見覚えのある男だった。確か今……、竜吉に言い寄っている天人だ。風体はさほど目をひくほどのものでもないが、温和で優しそうな目が印象的な男だ。ただ今日は少し、元気がないようだ。何かあったのだろうか。
私は姿勢をただして一礼した。彼はそんな私を少しの間凝視した。しかし、訝しんだ私に気づくと目礼して、何も言わず帰って行った。
これは誤解されたかな、と思ったが考えてもどうしようもない事なので、それ以上は気に留めない事にした。私の来訪を報せに奥に入った童女が出てくると、私を奥に案内してくれたのだが、内心ほっとしていた。ひょっしたら会ってはくれないかもしれないと思っていたから。
「珍しいな……玉鼎から私のもとを訪れてくれるとは」
案内されたのは風通しのよい客室で、欄干の外はきもちのよい青空が広がっていた。一ヶ月ぶりに見る彼女は、少し寂しげな笑顔をたたえていた。
私はすすめられるままに、席に座った。
「おぬしの煎れた茶には及ばぬが……」
そう言って彼女のいれてくれた茶はよい香りがして、私を少し落ち着かせてくれた。一口飲むと、豊かな香りが口いっぱいにひろがり、なめらかなのど越しが心地よかった。
「とてもおいしいよ。新茶だな」
「太乙がくれたのだ。今年の茶の出来栄えはよいらしいな」
「ふむ……私も太乙に分けてもらうか」
「それで、今日は何の用で? おぬしが訪ねてくるという事は何か話があるのだろう?」
視線を茶から竜吉に上げると、彼女が静かに私を見ていた。確かに私から、竜吉のもとを訪れる事はほとんどない。来るとしても、誰か必ず同伴者がいた。男1人で女性のもとに訪ねるなど、親しくても一応、気を使っていたのだ。
「君に、報せようと思ってね。燃燈の謹慎が解けた」
そう言うと、竜吉は安堵のため息をもらした。
「そうか、よかった。…………………玉鼎」
「何だい?」
「何も言わぬのか? 今、彼とすれ違っただろう」
「訊いてもいいのか」
すると竜吉は、今にも泣き出しそうな顔で笑った。
「もう気づいているだろう…………。私が、燃燈を男として見てる事に」
「竜吉……」
「おぬしと燃燈にだけは知られたくなかった。実の弟に懸想するなどと、汚らわしく愚かな本性を知られたくなかった。あきれられても仕方ない」
「やめなさい。私は、そんな風には思わないよ」
ただ哀れで。見ているのがつらくて、力になりたくて。大切な友人のために、いったい私に何ができるのだろう。
「…………この間、おぬしは訊いたな。なぜ男達を拒絶しないのだと」
「ああ」
「何度も、何度も私は自分に、燃燈は弟なのだといいきかせようとしたがだめなのだ。どうしても思いきる事ができぬ。だから…だから……忘れたくて、私に近づいてくる者たちに頼ろうとしてしまう。だけど、最後の最後でどうしてもだめ。他の誰かといても、気がつけば燃燈を思っている。燃燈の事しか考えられない。私はどうすればいい!? どうしたら思いきる事ができる!?」
竜吉の瞳から、涙があふれた。その視線は私に注がれたままだ。まるですがるように見つめてくる。
「こんな私の気持ちを知ったら、燃燈は潔癖だから、きっと私から遠ざかってしまう。汚らわしい女だと軽べつされるかもしれない。それがどうしようもなく恐い」
普段の彼からすると、確かにそう考えると思われても仕方ないかもしれない。だが彼女は知らない。弟が自分を想っている事を。
「でも気持ちを押さえる事ができない。玉鼎お願い、助けて…………私には、もうどうしたらいいかわからない」
血を吐くような告白に、私はたまらなかった。どれだけ、燃燈の思いを伝えたいと思っただろう。だがそれは、決してしてはいけない事なのだ。気づかせてはいけない。二人の恋は破滅の恋だ。全てを失うものだ。
私は立ち上がり竜吉に近づくと、優しく彼女の肩を抱いた。
「忘れるんだ。がんばって忘れるんだ。それしかない。つらければ、私になんでも言え。君が忘れられるなら何でもしよう。だから泣くな…………」
「玉鼎………」
竜吉は手で顔を覆った。何度も「ありがとう」と震える声でいいながら。私は友人が少しでも心休まるよう、何度も何度も背をなでていた。
しばらくそうしていたが、ようやく竜吉が落ち着いた。それを見計らって、私は尋ねた。
「私は、これから謹慎のとけた燃燈に会いに行くが、一緒に来るかい?」
本当なら、会わないほうがよいのだろう。だが、彼女が隠し通す事をのぞむなら、どのみち会わねばならない。それならば、できるだけ私が一緒にいた方がいいだろうと思い、あえて尋ねた。
竜吉はしばらく考え込んだが、結局「行く」と答えた。

一ヶ月前は門前払いをくらったそうだが、今度はすんなりと会う事ができた。玉虚宮にでも出かけていたのか、ちょうど帰ってきたところらしく、燃燈の道祠の庭先でばったり会った。
久しぶりに会う燃燈は、少しやつれたかもしれない。
「玉鼎、姉様……二人とも、来てくれたのか」
「馬鹿者め。無茶するからだ」
暗い気分を払おうと、私はわざと明るく言った。
「燃燈、玉鼎から詳しくきいた、というかききだしたのだが。謹慎の理由は私のせいだと……すまぬ」
頭をさげる竜吉の、長い髪がさらりと流れるのを私は横目で見ていた。燃燈はそんな彼女の手をとって、竜吉の頭を上げさせた。
「いや、私が大人げなかっただけだ。…………姉様? 目が赤い。泣いて、いたのか?」
そう言って、燃燈は心配げに私と竜吉を交互に見た。
「さっき目に埃がはいったと、こすっていたからそのせいさ」
私はあわてて言ったが、燃燈は信じたかどうか「そうか」とだけ言った。
「こんな所で立ち話もなんだ。さあ中に入ってくれ」
私はうなづいたが、竜吉は首を横にふった。
「私は用事があるから……今日は、様子を見に来て、謝りにきただけ。今度また」
といって、そうそうに帰ってしまった。おそらく嘘だろう。その立ち去る姿を燃燈は、何かいつもと違う様子でしばらく見ていたが、私の視線に気づくと、こちらに向き直り頭を下げた。
「すまなかった。お前にも迷惑をかけた」
「そう思うなら、今度からは気をつけてくれ」
苦笑しながら答えると、燃燈は、ふ、と笑った。
「……"今度"は、おそらくない」
私がその言葉の意味をつかみかねていると、燃燈は少し歩かないか、と言い出した。誘われるまま、しばし無言で連れ立って歩いていると、見通しのよい丘についた。まわりには誰もおらず静かだ。気持ちのいい風がふいて、私たちの頬をなでる。
「さっき姉様の様子がおかしかった。泣いていたのだろう、何があった?」
ばれていたか、と思ったがまさか本当の事をいう事もできず、私はしらをきった。
「おいおい私が泣かしたわけじゃないぞ、本当に埃がはいっただけだ。気にしすぎだ」
「………まあいい。お前に、頼みがある。聞いてくれないか?」
「何だ?」
「私は近々、下山する。先ほどな、元始天尊さまに呼ばれて玉虚宮に行っていたんだ。そろそろ、例の計画が動き出すらしい」
「封神計画か」
燃燈は頷いた。しかしあれは、500年も先の話ではなかったか。
「詳しくは言えない。だが理由はそれだけではない。元始天尊様は気づいておられたのだ。----------弟子が、実の姉に恋慕している事に」
突然の言葉に、私は息をのんだ。燃燈はそこで言葉をいったん切ると、自嘲の笑みを浮かべた。
「お前も、気づいていただろう」
「燃燈…………」
それ以上何も言えず黙っていると、彼は悲しげに笑った。
「やはりな。……私は、浅ましい男だろう。自分で自分が嫌になる。あの道士たちが話していたのを聞いた時、私はぎょっとしたよ。まさか私の心が見抜かれているのではないか、とな。そして気がつけば道士を殺そうとしていた。それどころか……、さっきは姉様の側にいる君にまで嫉妬している始末だ。手に負えん」
「竜吉はお前の姉で私の友人だ」
私はわかりきった事をあえて口にした。他に何をどう言ったらいいのだろうか。
「わかっている。---------こんな浅ましい気持ちを、彼女に気づかれたくない。だが、想いはつのるばかりで、どうしても止められない。私は、もう駄目だ。このままでいたら、姉をいつか自分のものにしてしまう。自分が恐いんだ、玉鼎…」
彼と付き合いだして気の遠くなる様な年月がたった。なのに初めて見る、燃燈の弱音だった。こんなに苦しんで追いつめられた燃燈を私は知らない。思えば、竜吉が泣いてすがる様な事をしたのも初めてだった。
竜吉と燃燈は、互いを想いあいながら、自分の気持ちが知られる事を恐れていたのか。なぜ二人は姉弟なのだろう。二人ともここまで思い込んでいる事を知りながら、一番いいたい事が言えない、というのはたまらなくつらい。私は、思わず口をついて出そうになる自分を必死で押しとどめた。
「弟子を哀れと思ってくださったのだろうな。元始天尊様は私が姉様から離れられるよう、手助けしてくれたのだ」
一ヶ月前、玉虚宮で燃燈の事を問われた時の事を思いだしていた。師はいつからこの事を知っていたのだろうか。
「もう戻らないつもりか」
「500年は戻れないだろうな。だが500年もあれば忘れられるだろう。そうしたら、全てが終わったら帰ってこれるな。だから………その間、お前に姉様を頼みたい。姉様が何に苦しんでいるか、私にはわからない。守りたくても、私自身が傷つけてしまいそうなのだから側にはいられるはずもない。玉鼎、お願いだ。お前にしか頼めない」
私に頷く以外、何ができただろう。私にできるのはそれだけなのだ。
「わかった。私にできる全ての事すると誓おう」
「ありがとう、玉鼎……」
燃燈が私に手を差し伸べてきた。固く握り返すと彼は笑ったが、目じりには涙が光っていた。それは私が見た、最初で最後の燃燈の涙だった。

 

そうして-------------燃燈は、崑崙から去っていってしまった。落ちていく間際、竜吉に笑顔だけを残して。

「玉鼎………!!!」
竜吉が走りよってきた。
「燃燈が落ちていった」
「ああ……でもあれは」
封神計画の一部だから、という言葉を最後まで言わせず、竜吉は少し微笑んで言った。
「わかっておる。燃燈は何もいわなかったけど……落ちていく間際、私を安心させるように笑っていたから。しばらくは、帰ってこないのだろうな。私には、丁度よかったのかもしれない。でも…………」
竜吉の美しい顔が、涙をこらえて悲しげに歪む。
「泣きたいのなら、泣けばいい。私の前では隠す必用もないだろう」
すると竜吉がこつん、と頭を私の胸によせてきた。そんな彼女を私は子供をあやすように、優しく抱きしめた。
「君は泣いてばかりいるな」
「おぬしが、泣いてもいいと言った」
少しすねたような声音に、私は少し微笑んでいった。
「そうだな」
これから500年。長い時間が始まる。
親友との約束を果たすため、まずは彼女の涙をぬぐう方法から考えよう…………。


- 終 -

 
KAMIKAMII's COMMENT

掲示板連載小説でした。行き当たりばったり全開で書いたものでしたが、皆さまに大好評で大喜びでしたー!!! ものすごく反響をいただいた作品で、作者冥利につきるとはこのことです♪

燃燈×竜吉な話なのに、私の玉鼎さんへの愛があふれておりまする(笑)


 
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